【第2章】 第13話

第13話 示された場所


食卓には、いつも通りの料理が並んでいた。

湯気の立つスープ。
焼きたてのパン。
彩りの良いサラダ。

変わったことといえば——

一人、増えただけだ。

「いただきます」

クラリスが手を合わせる。

その声を合図に、静かな食事が始まった。

——カチャ

食器の触れ合う音だけが、やけに大きく響く。

(……重い)

真琴は内心でため息をついた。

理由は分かっている。

向かいに座るヴィクトルと——
その隣で、にこにこと微笑むリオのせいだ。

「で?」

不意に、ヴィクトルが口を開いた。

それだけで空気が張り詰める。

「弟、だったな」

視線はリオへ。

試すような、静かな圧。

リオはスプーンを持ったまま、少しだけ首を傾げた。

「うん、そうだよ?」

無邪気な笑顔。

だが——

(絶対ウソついてる顔じゃないのが逆に怖い……)

真琴は心の中で叫んだ。

「真琴の所に来た理由は?」

ヴィクトルは、淡々と問いを重ねる。

「今日、懐かしい匂いがしたんだ」

「匂い?」

「人間は“気配”って言うのかな」

リオは楽しそうに続けた。

「そこのお姉さんの所に、水晶竜の鱗が届いたでしょ?だから来たの」

——水晶竜。

ヴィクトルの視線が、ゆっくりとクラリスへ向く。

クラリスは小さく頷いた。

「……真琴から聞いたばかりよ」

そして、リオを見据える。

「なのに“懐かしい”?竜なんて伝説の存在よ?」

その声には、明らかな警戒が混じっていた。

リオは、あっさりと言う。

「僕、居場所も知ってるよ」

「……何?」

「水晶竜、探すんでしょ?」

空気が、凍りつく。

ヴィクトルの片眼鏡が、かすかに光を反射した。

「言葉に気をつけろ」

低い声。

「いい加減なことを言えば——たとえ真琴の弟でも容赦しない」

「うわぁー怖い!真琴お姉ちゃん助けてよぉ」

「怒られなさい。私も居候なんだからね」

「たくっ、分かったよ」

リオは軽く肩をすくめると——

パチン、と指を鳴らした。

その瞬間。

空中に、淡い光が広がる。

「……これは」

ステータスモニターのようなものが、空間に浮かび上がっていた。

真琴だけではない。

ヴィクトルにも、クラリスにも——見えている。

映し出されたのは、どこかの砂漠だった。

風に削られたような大地。

その中央に、半ば砂に埋もれた建造物がある。

映像は滑るように移動し——

その内部へと入っていく。

「遺跡……?」

クラリスが小さく呟く。

内部は広く、まるで迷宮のようだった。

映像はさらに奥へ、奥へと進む。

やがて——

円形の台座が現れた。

その中心が、光る。

強烈な光に、思わず目を背ける。

そして次の瞬間。

視界が開けた。

——真っ白な世界。

果ての見えない、静寂の空間。

その中心に、“何か”がある。

映像は、ゆっくりと近づいていく。

点だったそれは、やがて形を持ち——
色を帯びる。

変化する。

揺らぐ。

そして——

「ドラゴン……」

真琴が、息を呑んだ。

そこにいたのは、翼を持つ巨大な竜。

その鱗は虹色に光を反射し——
あの欠片と同じ輝きを放っていた。

静かに、眠っている。

「彼が、水晶竜。“幻竜”だよ」

リオの声だけが、やけに軽い。

「幻……じゃないのか?」

ヴィクトルの声は低かった。

「信じるかどうかは自由だけど」

リオはあっさりと言う。

「君たちの両親は信じたよ?」

——その一言で。

空気が変わった。

「……何だと」

「古代遺跡まで辿り着いた。でも——」

ほんの一瞬、間が落ちる。

「深部までは行けなかった」

パキン——

小さな音が響いた。

ヴィクトルの手の中で、グラスが砕けていた。

その表情は——怒り。

抑え込まれた、激しい感情。

クラリスもまた、俯いたまま動かない。

肩が、わずかに震えている。

重苦しい沈黙が、食卓を支配した。

「……今日は、ここまでだ」

ヴィクトルが静かに言った。

感情を押し殺した、当主の声だった。

「この件は、俺が預かる」

その一言で、場は強制的に締められる。

誰も、逆らわなかった。

——コンコン

控えめなノックの音が響く。

「失礼いたします」

扉が開き、王城からの使いが現れた。

「皇后陛下より、ヴィクトル様へ書簡が届いております」

差し出された封書。

ヴィクトルは無言でそれを受け取る。

一瞥し——

わずかに、眉をひそめた。

「……どういうことだ」

「兄様?」

クラリスが不安げに声をかける。

ヴィクトルはゆっくりと顔を上げた。

「——追加調査を命ずる、だそうだ」

「対象は——水晶竜の鱗」

真琴は、違和感を覚えた。

理由は分からない。

ただ——

その書簡から、言いようのない“嫌な気配”を感じた。

リオが、くすりと笑う。

「へぇ」

楽しそうに。

「もう、始まってるんだね」

「……何がだ」

ヴィクトルの問いに、リオは答えない。

ただ、意味ありげに微笑むだけだった。

——その頃。

王城の奥深く。

薄暗い部屋の中で、一人の女が微笑んでいた。

その瞳は虚ろで——濁っている。

「ふふ……」

かすかな笑い声。

その足元には、跪く影。

「よく出来ました、皇后様」

優しく囁く。

まるで、操り人形を褒めるかのように。

女の指先が、そっと空をなぞる。

見えない糸を引くように。

「次は——あの子ね」

その声は甘く、

そして、どこまでも冷たかった。

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