【第4章】 第95話
【第4章】第95話 揺れる視線
ルクレツィアは、うずくまっていた。
フロアと呼ぶには広すぎる自室。
玉座のような椅子の傍らで、
膝を抱え込むように身体を丸めている。
「あの子達……なんなのよ……」
震える声が漏れた。
「お父様を完全に怒らせて……」
ここまでお父様が動くことは近年なかった。
黒曜城が脈打つ。
それだけで分かる。
今、お父様は目覚めつつある。
何かが違う。
いや。
違うのはお父様ではない。
お父様を動かした何かが現れたのだ。
ルクレツィアはそこで気付いた。
気付きたくもなかった事実に。
「私じゃない……」
呟きが零れる。
「私じゃなかった……」
長い年月を費やした。
誰よりも従った。
誰よりも願った。
誰よりも愛した。
お父様のために。
お父様のためだけに。
それなのに。
今、お父様の視線は自分に向いていない。
「そんな……」
指先が震える。
今の自分は。
お父様の視界を構成する欠片ですらない。
関心の外。
認識の外。
いてもいなくても変わらない存在。
それが何より恐ろしかった。
怒られる方が良い。
憎まれる方が良い。
拒絶される方が良い。
その方がまだ見てもらえている。
だが今は違う。
見られてすらいない。
存在していないのと同じだった。
「嫌……」
ふらりと立ち上がる。
足元が覚束ない。
それでも止まれなかった。
「お父様……」
縋るように名を呼ぶ。
その声は誰にも届かない。
黒曜城だけが、
静かに脈打ち続けていた。
⸻
ルクレツィアの視界が揺れた。
黒曜城の脈動とは別の、もっと内側の揺れ。
――違う。
そんなはずはない。
私は、最初からここにいた。
お父様の隣に。
そのはずだった。
なのに。
ふと、空白がよぎる。
呼ばれなかった声。
届かなかった視線。
存在していなかった“時間”。
「……違う」
ルクレツィアは首を振る。
そんなはずはない。
お父様は確かに私を――
そこで思考が途切れた。
何を?
いつ?
どこで?
思い出そうとした瞬間、そこには何もなかった。
最初から、何も。
「……そんな」
膝が崩れかける。
黒曜城がまた一度、脈打った。
まるで答えを拒むように。
ルクレツィアはゆっくりと立ち上がった。
足元は定まらない。
それでも、止まる理由が消えていた。
誰か。
誰か。
私を見ているはずだ。
見ていなければならない。
私は、ここにいる。
私は、存在している。
視線のない空間を睨みつけるように、
ルクレツィアは歩き出す。
その歩みは祈りではない。
確認だった。
存在しているという“事実”を、
世界に強制するための。
「……待ってなさい」
誰に向けた言葉かは、もう曖昧だった。
妹たちか。
お父様か。
それとも、自分自身か。
ただ一つだけ確かなのは。
ルクレツィアの瞳には、
静かに歪んだ光が宿っていた。
⸻
最初に膝が崩れたのはクラリスだった。
息がうまく吸えない。
胸の奥が、押し潰されるように重い。
「……っ、なにこれ……」
言葉が途切れる。
空気が薄いのではない。
何かが“満ちすぎている”。
視界の端で、フィオナが片膝をついた。
リオの表情が僅かに強張る。
セラフィナが一度だけ、空を見上げた。
「……来るわね」
それだけだった。
その瞬間。
城が、また脈打った。
⸻
城中を探し回る圧の声?
言葉にはなっていない。
例えるなら、おおおおーって感じ?
ただ影に隠れている私達のそばを
それが通り抜ける時の干渉圧の強さは半端ない。
真琴流に言えば、新幹線ホームに立ち、
超スピードで過ぎていく状態の強い奴みたいな?
ヴォン!って風圧だけで飛ばされる。
今、セラフィナが出口と繋げている。
城が目覚めた時に繋がっていた通路が捻れたから
もう一度繋ぎ直しているのだ。
繋ぐのが早いか見つかるのが早いか
運命の意図にいま祈りを捧げる。
⸻
「来ます!」
セラフィナが叫んだ。
まだ繋がらない手を止められない。
「来る!」
ルナミナもとある一方の空間を見ている。
ゆらりと空間が揺れた。
そこに、空間に影が落ち、
お父様が現れた瞬間、黒曜城が息を止めた。
床の影が引き上げられるように
黒い影が人型へと姿を変える。
だか、大きさは人の何十倍ものデカさだった。
「あれがお父様?」
真琴達はその姿に本来の魔人の畏怖を覚えた。
言葉で書いても意味がない。
足がすくみ、体はガタガタと震える。
何に?何が?
だが、そんな中でリオの反応が一番早かった。
「ハハハ、僕も随分と人間じみてしまったみたいだね。
こんな者に畏怖を感じるなんてさ」
言いながら、レオンハルトの腕をがっと握った。
「おい!なんだリオ?」
「王家に伝わる宝剣は、元は神剣と呼ばれる剣なんだよ。
雷を宿し、魔を滅する剣。君はそれを託されたんだ。
今回は、僕が力を貸すから、使い方を覚えるといい」
「ああ?なんでリオがそんな事を知ってやがるんだぁ?
これは、ヴィクトルの親父さんに貰った剣だぞ!」
「雷がこの国の王家にのみ繋げられるって言っただろう?
それは、神の力を悪用されない為なんだ。でも、別にそれは
王様や王子様だけじゃない。そんな物、政権が変われば誰だって王様になれんだ。神が認めた者が雷の魔法を使えるんだよ!
お前は、神格化した水晶竜が認めた男なんだ!」
リオは、さらにレオンハルトのアザがある部分を持ち上げた。
「生まれながらなの神様のアザを持ってるんだ。僕がやれるったらやれるんだよ!」
「そんな無茶苦茶な!」
レオンハルトは、まだ言葉が引いている。
「レオンハルト、リオの言葉を信じて!
今あのお父様に対抗できるのは、貴方の剣の力だけだって
言ってるの。成せばなる!」
「真琴!お前まで」
流石にリオの事をオルフェウスの分身などと説明にあげることは出来ない。だが、剣士であるレオンハルトの託された剣の格上げには貢献したいと真琴は思った。
「もう、セラフィナの空間通路は繋がる。
みんなが帰るために協力しよう」
ヴィクトルがレオンハルトの肩をガッと掴んだ。
今、両肩をリオとヴィクトルの両方がそれぞれ支えた。
レオンハルトは、大きく息を吸い込み、リオに聞く。
覚悟は決めたようだ。
「示してくれ。俺の切先を!」
真琴の目の前で、魔法ログが幾つも開く。
今までとは、色が違う。
純粋な雷魔法の色がこれなのか
黒曜城が、再び息を吐いた。
いや――吐いたのではない。
“探し始めた”。
空間そのものが、意志を持って揺れる。
「……くっ、圧が上がる!」
ヴィクトルが歯を食いしばる。
セラフィナの指先から伸びていた光の線が、一瞬だけ歪んだ。
「ダメ……認識が速すぎる……繋がりが……!」
出口へ続く空間回廊が、まるで水面に映った月のように揺らぐ。
間に合わない。
そう思った瞬間だった。
「なら――俺がやる」
レオンハルトが一歩前に出る。
握った剣に、雷が走った。
バチッ、と乾いた音。
それは音というより、“世界が反応した音”だった。
「……来いよ」
レオンハルトの声は、震えていなかった。
むしろ静かだった。
次の瞬間、雷が“線”になった。
空間を裂くように、一直線に伸びる。
「道を開け!!」
雷が城の圧を押し返した。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、黒曜城の“視線”が逸れる。
「今!」
セラフィナの声が鋭く響く。
空間回廊が、つながる。
「走れ!!」
ヴィクトルが真琴の腕を引く。
クラリスが息を詰めたまま駆け出す。
フィオナが最後尾に回る。
リオは一瞬だけ振り返り、低く笑った。
「まったく……面倒な父親だね」
その時だった。
黒曜城の“奥”で、何かが微かに笑った。
――ルクレツィア。
彼女はまだ玉座の間にいた。
だが、その目はもう“外”を見ていない。
「……逃がさない」
誰に向けた言葉でもない。
城そのものへ。
あるいは、父へ。
あるいは、“視線を奪った何か”へ。
彼女の指先が、ゆっくりと空をなぞる。
その動きに呼応するように――
黒曜城の“圧”が変質した。
追うのではない。
囲う。
「見て……お父様」
ルクレツィアは笑った。
泣いているような、笑顔だった。
「私じゃないものがいるの」
「私じゃないものが、あなたを動かしているの」
だから――
「壊さなきゃ」
その瞬間、城の奥で“認識”が一段階深く沈んだ。
⸻
「まずい!!圧が変わった!」
セラフィナが叫ぶ。
「出口が閉じる!!」
「くそっ……間に合え!」
レオンハルトが雷をさらに叩き込む。
バチバチと空間が焼ける。
出口の輪郭が、ようやく“穴”として固定される。
「今だ!!飛び込め!!」
ヴィクトルの声。
真琴の視界が白くなる。
後ろで、巨大な“何か”が動いた気配。
――来る。
確実に来る。
その直前。
誰も気づかないほど小さな声が、空間の奥で落ちた。
「……見つけた」
ルクレツィアの瞳が、ほんの一瞬だけ“空間そのもの”と重なる。
そして。
黒曜城が、完全に目を開いた。
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