【短編小説】⑤走り抜くこと〜誰よりも先に駆け抜ける〜
第5話 押し出された孤立、光をくれた金メダリスト
梨央は、ふと正月の出来事と
謹慎期間の痛くて辛いものを
パッと思い返してしまった。
高校一年も終盤の正月、
梨央は女子五人で集まった。
初詣、映画、買い物、カラオケ。最後は友だちの家に転がり込み、こたつとソファに沈んで、
笑い疲れて眠った。
アルコールはない。
ただ、気分だけが
やけに高揚していた。
朝方、誰かが言った。
「写真撮ろうよ」
寝起きの勢いのまま、
梨央は床に転がっていた
電子タバコを、
なぜか手に取った。
吸うつもりなんてなかった。
軽い冗談のつもりだった。
「それ、かっこいい!」
「面白そう!」
煽られるまま、
梨央は咥えてVサインをした。
中央で、いちばん目立つ位置。
シャッター音が鳴る。
あの瞬間だけ、
全員が同じ熱で笑っていた。

数日後、
その写真が学校中に回った。
噂は尾ひれをつけ、
事実より速く増殖した。
正月会のメンバーは
三日から五日の謹慎。
梨央だけが二十日間の重い謹慎
を言い渡された。
「咥えただけ」なんて言い訳は、誰にも届かなかった。
届かせるのも怖かった。
誰が流したかも問わなかった。
答えを知った瞬間、
もう元の場所には戻れなくなる気がしたからだ。
梨央が嫌いなのは孤立だった。
輪の外に押し出される痛み。
だけど孤独は、耐えられる。
自分で選べるから。
ただ、今回は違った。
孤独ではなく、置き去りだった。スマホを見るのも怖い。
通知が鳴るたび、心臓が沈む。
部屋の中で
時間だけが腐っていく。
廃人みたいに、天井を見て過ごした。
何日か経って、
ふとテレビをつけた。
たまたま映っていたのは
実業団の駅伝。
苦しそうな顔が並び、
淡々と襷が渡っていく。
梨央は醒めた目で思った。
こんな退屈で苦しいものの、
何がいいんだろう。

そのとき、解説席の女性
――元金メダリストが、
柔らかい声で言った。
「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」

雷鳴みたいに胸の奥が鳴った。
寒い日。いまの自分。
何も咲かない時間。
笑われて、閉じこもって、
余白だらけの部屋で
止まっている自分。
――でも、余白は空っぽじゃない。根を伸ばすための場所だ。
梨央は固まっていた指を、
ゆっくり握った。
まだ自分には余白がある。
余白じゃなく、伸びしろがある。
そう思えた瞬間、ポジティブの欠片が、ちゃんと形になった。
明日、外に出てみよう。
走るかどうかは、
まだ決めなくていい。
でも、止まったまま終わるのだけは、やめよう。
梨央は画面の向こうで
襷≪たすき≫を渡す背中に、
短く頭を下げた。
「……ありがとう」
【連載中】走り抜くこと
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