【短編小説】⑫走り抜くこと〜誰よりも先に駆け抜ける〜
第12話 閉ざされた境界線
不法占拠のニュースは、
千景のSNS投稿をきっかけに波紋を広げた。
テレビカメラが町を徘徊し、
ワイドショーが面白おかしく「自分勝手な住人」を報じる。しかし、その騒ぎは梨央が望んでいたものとは正反対の結果を招いていた。
「……あそこ、もう走れないね」
サークルの練習中、
メンバーの一人が力なく呟いた。
問題の竹林の入り口には、
これまで以上に
高く頑丈なバリケードが築かれ、
「立ち入り禁止」の看板が禍々しく並んでいる。

家主は完全に心を閉ざし、
家の周囲を要塞化してしまったのだ。
梨央は、新聞部の部室で
頭を抱える千景と悠真の元を訪れた。
梨央「千景さん、マスコミが来ても
状況は悪くなる一方です。
家主さんも、まるで敵から城を守ってるみたいに見える」
千景「わかってるわよ……。正論をぶつければ相手が折れると思った私の、浅はかなエゴだったわ」

千景は自嘲気味に呟いた。
彼女もまた、町を良くしたいという一心だったが、
その手法が相手を「悪」と決めつける攻撃になっていたことに気づき始めていた。
梨央は、あの竹林の風景を思い出した。
朝日が竹の隙間から差し込み、
地面を黄金色に染めるあの美しさ。
それは誰が所有していようと、
そこにあるだけで人の心を洗うものだった。
梨央「私たちは、あの人を追い出したいんじゃなくて、
あの美しい景色を一緒に守りたいだけなんです。
強制的に変えさせるんじゃなくて、
私たちが何に感動したのか、
それを伝えることはできないかな」
梨央の言葉に、悠真が顔を上げた。
悠真「……梨央、それだ。告発の記事じゃなく、
あそこを走ったときに俺たちが見た
『光』の記事を書こう。
相手を責める言葉じゃなく、
あの場所がいかに美しかったかを綴るんだ」
翌日、梨央はサークルのメンバーに呼びかけた。
SNSでの攻撃を止め、
代わりに自分たちが走った時に感じた
「町の美しさ」を言葉や絵にして、
そっと家主のポストに届けることにしたのだ。
それは権利の主張ではなく、純粋な敬愛。
美しいものを守るために必要なのは、
刃ではなく、その美しさを愛でる心だった。
閉ざされた境界線の向こう側で、
家主が何を思うのか。
梨央たちの、静かな挑戦が始まった。
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