【短編小説】②走り抜くこと〜誰よりも先に駆け抜ける〜
第2話 少し遠くに行けた気がした
朝、校門脇の掲示板が更新されていた。
「部活動見学週間」と言う文字が大きく目立つ。
赤い文字の下で、梨央は陸上部の名前だけを見てしまう。
昨日の空気と胸の奥の高鳴りが何故かまだ残っていた。
教室は「あと3日」のカウントダウンで浮ついている。
クラス替えの話、春休みの予定。
留年ピンチの梨央は気持ちここにあらずであり、
僅かに心に残るものは「走る」ことである。
あんなに馬鹿にしていた「走る」こと。
走ったら苦しこともあるけど、
終わった後の爽快感が忘れられない。
これがランナーズ・ハイなのか。
教室で盛り上がってる輪に入れなくても
梨央には寂しさは全く感じなかった。
孤立は悲しいけど、自分で選んだ孤独。
マラソンランナーもある意味、孤独なのかな。
でも寂しさはない。
強がりではないけれど。
そう頭の中でポツポツ言葉が浮かんでいた。
そういう想いの中でノートの端に
「#1km」を指でなぞっていた。

長い距離ではないはず。
でも、私にとっては遠い距離。
今、(走ることに対して)馬鹿にされてるのは、
この私なのかもしれない。
そう思ったらやる気が勝手に出てきた。
放課後のグランド。
顧問の早瀬が
「今日はどうする?タイム取りか?走るか?」
梨央「今日も走りたいです。」
そう言い切った途端、
逃げ道が消えて心拍数が段々と上がるのが
分かってきた。

ストレッチは見よう見まね。
早瀬の強烈な笛がグランドに突き刺さる。
走者は一斉にスタートし、砂が散らばる。
梨央も遅れて踏み出した。
最初はまだ体は軽い。
だが、すぐに肺が熱を増してくる。
呼吸は乱れて視界も狭くなる。
こんな妨害にあっても、走ることをやめたくなかった。
意地でも無い、もっと先に行きたかった。
昨日よりも数メートル遠くに行けた気がした。
走りを見守る悠真は、そのシーンもカメラに収めていた。
走行中の梨央が「また撮ってる。物好きだね。」
途中から並走した悠真が「物好き?・・・でも、顔は撮らないよ。今は君の走りだけを見たいだけさ。」
梨央「走りだけ?」
悠真「苦しいのに、それでもやめない瞬間。
それを逃さず記事にするんだ。」
ゴール付近で梨央は減速し、膝に手をついた。
息が追いつかず、喉の水分が揮発する。
悠真「今の顔が良かった。」
梨央「ははは、こんな疲れ果てた醜い顔なのに・・・。」
悠真「いいや、勇ましくて前向いて強さを感じる。」

練習も終わり、早瀬が「まだ見学週間だが、(陸上部に)入る気あるのか?
あるなら(入部申し込み)用紙を出せ」
梨央は頷《うなず》くが、入部する勇気が出てこない。
日も暮れ、悠真が自転車を押して梨央と並ぶ。
梨央「今日の記事にするの?」
悠真「まだ。君が何を考えて走ってるのか、それを言葉に乗せられない」
梨央「・・・私だってわかんないよ。」
悠真「じゃあ一緒に探す。・・取材ってことにしてよ。」

梨央はよくわからないが、
心の中が暖かくなり、
なんだか絆されていく気がした。
月がやけに眩しく、自然に俯《うつむ》いてしまう。
自室で梨央はノートに「#1km」の横に書き足す。
「#今日 少しだけ遠くに行けた。」
ノートを閉じた音と心音が重なり、
知らずにリンクさせていた。
【連載中】短編小説『天空の鏡』
【完結】短編小説『ブラッドオレンジに染まる・・』
【完結】短編小説『沈む七色の海〜町に希望が灯る』
