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【ホラー小説】赤い空域 第1章|第2話

第2話 『ある』

DMの返信が来たのは、翌日の昼過ぎだった。 

『ご連絡ありがとうございます。
私も専門家の方に相談したいと思っていたので、ちょうど良かったです……』

そんな書き出しだった。

“専門家”

そんな大層なものじゃない。

「ぶふっ」
後ろで荒巻さんが吹き出すのが聞こえた。

「スマホ画面の覗き込みは……」
僕は言いかけた。

「あー……はいはい。早く行ってこいよ。」
笑いを堪えたような声色だった。

イライラしながら、スマホに目を戻す。

文の続きには、待ち合わせについての指定があった。

今日だ。時間帯も短い。
しかし、それを逃すと次は随分先になるとのこと。どうもタイトなスケジュールらしい。

指定の場所は、交通機関を使えば十数分の距離だが、経費削減のためには、歩くほかない。
今すぐ発っても、待ち合わせ時刻には、ギリギリ。

立ち上がり、必要な資料と機材を急いでリュックに放り込む。

出掛けにーー

「お気をつけて、専門家さん。」
と荒巻さんの声。

当然無視する。

タクシーでも使ってやろうか、と思った。


* * *


待ち合わせ場所は、都市の中央から外れた場所にある、こじんまりとしたカフェだった。

その軒先に立った時には、待ち合わせ時間を1分ほどすぎていた。
ガラスの小窓に映った自分のシルエットを見ながら、乱れた髪を直し、入店した。

“投稿者”が誰かは、一目でわかった。
いかにも遊閑層といった風の客に混じって、リクルートスーツにかっちりと身を包んだ女の子が、気まずそうに座り込んでいる。

「倉橋さん、ですね?」

直前のDMで交換していた、その名前を口にした。

それを聞くなり、彼女は立ち上がって会釈をした。

「遅くなってすみません。自分、こういうものです。」

そう言って、名刺を差し出すと、彼女は、ぎこちない仕草でそれを受け取った。

「就活中…だったんだね。貴重なお時間、ありがとう。」

手の中の名刺をまじまじとみながら硬直していたが、はっとしたように顔を上げた。

「いえ、こちらこそこんな場所に呼び出してしまって……」

言葉は、そこで途切れた。
代わりに、頭を深々と下げる。引っ詰められた髪の毛が窮屈そうだった。

「とりあえず、座って?」

そう声をかけた。
「はい」という決まりの良い返事。

同時に、腰を下ろした。


取材の最初に、改めて名前を聞く。

倉橋澪

彼女はそう名乗った。

近くにある大学の学生で、こちらの予想通り、就活の真っ只中にいた。

「専攻は?何を選んだの?」
アイスブレイクのつもりで、尋ねる。

「文学部、哲学専攻です。」

「哲学?へぇ、今どき珍しいね。」

「よく言われます。潰しがきかないね……とも」
そう言って、目を伏せる。

「……それに、はっきり言って向いていませんでした。何となく大学っぽいことしたくて選んだんですけど…」

「……実は僕も哲学専攻だったんだ。」
と、僕は言った。

「えっ」
彼女は驚いた顔をした。

「もともと言葉が好きだったから、そこから世界を眺めてみたくてね。」

「私も……です。」

小さく笑う。

目標より小さかった。
だが、兎にも角にも、口火は落とせた。

「じゃあ早速だけど…」

そう一言置き、本題に移ることにした。


* * *


最初は、何となく変な感じだけだった。

大学からの帰り道。

その感覚に捕らわれた澪が、目を上げると、例の赤い光が目に入った。

何てことはない、ただの航空障害灯。
最初はそう思った。

けれど、視線を戻そうとした瞬間にその”音”がした。

風が通り抜け、空洞が震えるようなーー澪の言葉を借りるなら、何かとても大きなものが”息づく”ような音だった。

気づけば、スマホを向けていた。

どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからない。ただ、そうしなければならない、と思った。

そうして、あの映像が録画された。
カメラを回している最中は、特に変なことはなかった。例の音もしなかった。

異変が起こったのは、カメラを回し終えた後だ。

ファイルを保存し、普段使っているSNSに投稿した。

その時、唐突に気づいた。

あんな場所にビルなどない

ーーいつも通っている道、見慣れた風景。
見間違うはずはない。

そう思って、再び目を上げると

視界に入った光がふたつ、足りなかった。


「見間違いだったようにも思えます。昼間は就活三昧で、疲れてましたし……」

澪は言い、乾いた口を潤すように、冷めたコーヒーを一口含んだ。

「でも、動画には残っている。確かに奇妙な赤い光が、本物の航空障害灯に混じって映っている。」
僕はいった。

「そうです。映ってます。撮っているときも、そんな感覚でした。
でも、撮り終えた後も……そして今も……そんなもの見てすらいないような感じなんです。
まるで、夢みたいに。」

夢ーー
確かに。

動画を見た時の、感覚が混濁した感じは、それと似ていなくもない。

「……」

しばらく考えてみたが、机上では答えがでそうもなかった。

いいか、軽く、だ

荒巻さんの声が脳裏に蘇ってきた。

だが、もう止まらない。

「……あの、動画の撮影地を案内してくれませんか?」

気がつくとそう切り出していた。

澪は、少し驚いたような顔をした。

「場所だけ、ですか?それとも連れて行け、ということですか?」

「できれば、連れて行ってください。」

「……」
流石に戸惑うようだった。当然、無理なことを言っているのは分かっている。

「……いいですよ。」

返ってきた答えは、期待以上だった。

「ただ、昼間はこれ以上時間が取れなくて……夜遅くなってもいいですか?」

「全く構いません。むしろ、好都合です。」

「じゃあ、お願いします。場所と時間は、また連絡します。」

「お待ちしております。」

僕がそう言って、会話は途切れた。


* * *


店のドアを出て、僅かな時間、二人並んで佇んだ。

「ちょっと聞いてもいいですか?」
僕は言った。

「少しであれば。」
と、澪が答える。

「変な感じっていいましたよね?」

「はい。」

「それって何なんですか?何かの視線を感じた……とか?」

「いえ、そういうんじゃないです。」

「というと?」

「……」

澪は戸惑うように、一呼吸置いた。



「私、街が聞こえるんです。」



「街が……聞こえる…?」

その奇妙な言い回しに、混乱を隠せない。

「妙に思うかもしれませんが、本当にそんな感じなんです……あっ……」 

小さな悲鳴。
目線が手首の小さな時計に注がれている。

「こんな時間!すみませんが……ここで。」

「こちらこそ引き止めちゃってすみません」

「では、また夜に。」

それだけ言い残し、足早に走り去っていった。

僕は一人残された。

ふと、スマホの時計をみる。

夜の訪れはまだまだ先。
それまで、時間を潰さなくてはならなかった。



▼次話▼

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