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マキビシ8ビート #4





空蝉うつせみなにがし

つまり抜け殻じゃ。
今こうして生きておること自体が
仮宿に住んでおるようなもの、とな。



──ドドドドドドドッ

腹の奥底から震え上がるような地響き。
山口城の建つ裏白峠西側から、凪雲と風魔の剣が交わる稜線目掛け、一直線で突き進む雪崩のような砂埃。

薄ぼんやりと燈る火は、夜に灯る松明のようにも見えるし、血に飢えた獣の眼にも見える。

砂埃の奥には馬に乗った鎧武者たちが槍や刀を構え、"黒い輪郭"となって顕在している。

それはどこからどう見ても、一万五千の大軍だった。

「ちっ、もう来たか明智」
周りには遠く近江の山々と、段々になって青稲を揺らす棚田のみ。
遮蔽物と云えば情けなく俯く枝垂れ柳くらい。
が悪そうに、舌を鳴らす風魔。

あぜ道に生える柳の木に上り、凪雲と長門たちから距離を取りはじめる。

崖上の山口城からも大量の黒煙と火の粉が舞っている。

「つくづく災難な親子だ、そのまま虫けらのように死ね!」
高みの見物とはまさにこのことだと言わんばかりに、五間(約10メートル)程ある柳の上から、凪雲たちが蹂躙される様を見届けようとしている。
つくづく悪趣味な男だ。本当にしつこい。


「…すまない」
大軍の勢いが疾く、負傷した長門を担ぐ刻も無いことを悟る凪雲の軀に、昨年の大戦が蘇る。

「…案ずるな、凪雲」
か細い声色を発する長門。血のつながりこそ無いものの、我が子の奮闘と、忍びになど向いていない心根の優しさを讃えるかのように、微笑んでいる。

──ドドドドドドドッ

土砂の粉塵、唸る地面、羽虫の群れと無数の火種、それらが今まさに凪雲と長門を飲み込む戦国の化身となって突っ込んでくる。


その時だった。


「一旦退くぞ、長門」

その声の主は、佐助。
この複合型忍術作戦を決行した、歴戦の戦友の姿がそこにはあった。

「騙すようで申し訳ない。奴を、風魔を退けるには、敵味方隔たりなくあざむくのが得策かと」
羽虫の群れに紛れ、姿こそ見えないが才蔵の声も聞こえる。

「このまま峠を登り小川城へ戻ります。道中すぐに以蔵さん達も合流するので、そこで手当てを」
望月が負傷した長門を抱え、風魔党から調達してきた馬に乗せ、そのまま大量の砂塵と羽虫の群れごと東へ突き進む。


多勢に無勢。
奇をてらい、一気に形勢逆転したものの

すぐ頭上の"災厄"は、
冷静にその状況を眺めていた。




天正十年(1582)
子の刻(午後十一時)

「…なんだ星(北極星)かェ。蛍かと思ったわ」
馬の背に揺られ、長門は左の掌を空にかざしながら、遠のく意識を奮い起こそうとしていた。

尾根に挟まれた谷筋を東へ真っ直ぐ一里(約4キロ)。忍たち一行は、多羅尾党の本拠地である小川城に向かっていた。

「長門…もう着く。だから喋るな」
テングダケの毒、つまりアマトキシン系の自然毒に効く解毒剤や血清は戦国の世は勿論、令和の時代にも

存在し無い。

通常なら15分程で肝臓や腎臓が破壊され絶命するところ、約二時間もの間、死に抗う長門という戦忍は、超人という他ないだろう。


「見えたぞ!」
才蔵こと、霧隠才蔵が小川城本丸を指差す。


(血清は無いが、きよめなら若しくわ…)

浄とは、つまり水。
大量の水を無理矢理に飲ませて胃洗浄するという荒療治のことを指す。

半刻前、口無しの段蔵が唇術でそう告げた。
絶望的だがそれだけが唯一の希望だった。

城までの残り五町(約500メートル)の斜面。
もうあと少し。
二百人の忍衆と、安全な拠点が待っている。
水も寝床も、矢や銃弾を凌ぐ屋根も壁も待っている。
昨日までの日常も。明日からの生活も。
先の大戦で心に深い傷を負った時、
「影ではなく名の通り、雲として生きろ」と背負いものを幾分か軽くしてくれた優しさも。
この命も。あの命も。その命も。

もう、失いたくない。
もう、戦いたくない。

凪雲は泣いていた。



小川城目前、残り一町(約100メートル)というところで、戦忍の一行はその進行を止めた。

並々ならぬ無数の殺気が向けられている。
これ以上踏み込めば、間違いなく死ぬ。

経験から培った勘が一行の足取りを止めたのだ。



天守から下々に向かって放たれる呪い念仏。
意志の弱い下忍たちを陥れるには十分すぎる威力だった。


「う、うわああああ!!!」
「やめろ!やめてくれぇ」
「殺さないでくれ殺さないでくれ殺さコロスコロス」


小川城から聞こえる呻き声と生臭い血の匂い。
敵も味方も分別なく、阿鼻叫喚の地獄絵図。
人の心をそのまま獣に変えてしまう禁術。
そのあまりの恐ろしさに、東の名将 北条氏康が五代仕えた風魔党を見限るきっかけとなった
果心居士の幻術である。

「言っただろ?根絶やしにするとなァ」
もはや人に在らず。紅い月も奴が作り出した呪いの類いのようだ。
術の主が粗末な城と禍々しい月夜を背にし、悦に浸りわらっている。


「…御頭おかしらァ、ご、御免なさ…い」
口から発せられた台詞とは裏腹に、傾斜の緩やかな坂を見下ろす様に和弓を放つ。
刹那、舌を噛みちぎる下忍たち。
最期は、これ以上共喰いに加担したくないという自らの意思でなのだろう。


その数、百以上。
百発以上の矢が超高速で長門たち一行に迫ってくる。
短期決戦とはいえ先の戦闘作戦と、蒸し暑い山道での数往復分の移動。一日200キロ移動出来る忍とて、体力と氣を酷く消耗している今の状況では、最も刺さる鬼手であった。


──もはや、此れまで。
誰もがそう諦めたその時だった。



火遁 火炎旋風之術。


全長約一町、すなわち100メートル超えの風渦が紅蓮の焔を纏って向かってくる矢を焼き払う。
先の長門救出作戦の折、火力を抑え、あくまでも陽動に向けろと忠告された望月十蔵には、この火龍の如き大技を放つ体力と氣力が有り余っていたのだ。


「でかした十蔵!」
咄嗟で導き出した反撃の最適解に、歴戦の戦忍たちも感嘆と賞賛の声をあげる。


「…良かったです。ただ刀や苦無はこれで握れません」
そう振り返った十蔵の指先は真っ黒に焼け焦げていた。
取り扱い注意の諸刃の術とは、周囲を焼き尽くすゆえというよりも、自らの身を犠牲にするという文字通りの諸刃だったのだ。




勝つためになら如何なる手段も辞さない風魔も、護るためになら己の身ごと差し出そうとする十蔵、舌を噛みちぎった儚き者たち。
何がなんでも生きようとする佐助や石川。
そんな時代を生き抜き声を失った段蔵。
生き抜いてしまった凪雲。
戦国の世の元凶、その全てを結びつけてしまった服部半蔵、そして長門。


「もういい…全ては儂の…生半可な覚悟ゆえだ」
そう告げると、長門は馬からよろよろと身を下ろし、満身創痍の身体を引きずりながら小川城正門に向かって歩き出した。

見かねた石川が止めようと近づく。

「下がってろ」
死に体の老兵から発せられる熟練の闘気に、思わず、二の句も無くたじろいでしまう。

もう死ぬ。
死に場所に向かっている。
誰もがそう悟り、その背中を忘れまいとしている。
そして察する。
戦忍とは何たるかを。
窮地に立ってこそ、技と知恵と心が研ぎ澄まされる忍の矜持、今こそ見せる時だと。

「おい風魔ァ。儂の負けだァ…この首も肉も骨も、ぜーんぶお前にくれてやる。だから…殺しに来い。道連れにしてやる。へへへ。弱虫。こんなおんぼろ相手に高みから呪い念仏に飛び道具たァ…忍としては一流かもしれんが、男としては三流の玉無し野郎だなァ。しょうもない奴だ…あの世で言いふらしてやるよ。風魔は"北条の犬にもなれない"ただの野良猫だった、ってな」

子どもの口喧嘩のような挑発。
だが一歩一歩、着実に風魔の足元に迫っている。

「ほざけ。お前はもう死ぬ、この一帯の忍も死ぬ。お前の護りたかった者たちも皆全て終わりだ」

「そうやって、ぴーちくぱーちく口だけ動かしてろ、雑魚が。お前は結局、毒だの何だのって…お前自身には何の値打ちも無いただの腐れ外道なんだ。何が風魔だこら。ただデカいだけの木偶の棒じゃねえか」

──乗ってこい。その高慢さに身を委ねろ。

「ふははは。口が達者だな。だらだらだらだらと。そんなに斬られたいンなら、お望み通りその首、掻き切ってやる」
流石に言われっぱなしも癪に触ったのだろうか、はたまた正常な判断を鈍らせるほど驕り昂ったのか。
挑発だとわかっていながらも、佐助たちの疲労困憊っぷりを見て、いよいよ終劇と踏んだ風魔が高台を棄て、長門の御首目掛けて飛びかかる。

──馬鹿め。窮鼠の恐ろしさも知らん傲慢無知め。

ズシっと鋭利に研がれた鋼が、本来なら斬り捨てるであろう骨の芯の部分で詰まる。頸椎にしては硬い。

まるで地蔵だ。

「毒を以て毒を制す、とはァ、まさにこの事」
そう啖呵を切ったのは、石川。

先の火遁に乗じて、才蔵が天高く舞わせた興奮作用のある蛾の毒鱗粉。それに幻覚作用のある石川印のケシの粉。
長門の声色に扮した、石川改めて石川五右衛門。
そして長門に変装し、身振り手振りを模しながら目標に近づいた凪雲。
斬首寸前のところ、佐助の土遁がまるで意思を持つかのように山地蔵を蠢かせ、襲いかかる風魔の刀を弾く。
個々の強みを最大限に活かし、一つの技として集結させる究極の戦術戦技。
彼ら戦忍の、奇跡とも云える奇襲戦法が見事に嵌ったのだ。


「…終わりだ、風魔」
返し刀のいずな落とし。
降ってくる巨躯のかお目掛け、凪雲の左脚が疾風迅雷の威力と速度を纏って空から振り下ろされる。


──グシャ。
右の頬から眼下底にかけて、恐らく顔半分の骨に亀裂が生じたであろう感触が凪雲の足甲に伝わる。


「ぐふぅ」
天誅の如く強烈な廻し蹴りを喰らい、風魔の首から上が歪む。


(かかったのはお前だ。百地の生き残り)


空中の口元がそう告げた刹那、風魔の左手から鋭く細い針が放たれる。


「…凪雲!」
そう皆が案じたその刻、百地凪雲と風魔小太郎の躰が蜃気楼のように、はたまた線香の煙のように、ゆらりゆらと残心を漂わせながら

消えてしまった。

長門と佐助以外は、何が起こったのか理解出来ていない。

空蝉うつせみなにがし

つまり抜け殻じゃ。
今こうして生きておること自体が
仮宿に住んでおるようなもの、とな。


そう言い残し、長門は血を吐いて死んだ。
空に浮かぶ紅い月はもう無い。
その紅い輪郭のみを残し、空一面が陰となっていたからだ。





藤林家 血継忍術 『空蝉の術』
物体を空間転送するという、荒唐無稽の禁術。
もちろん、位相幾何学(トポロジー理論)や、熱力学第2法則を逸脱しない範囲でだが。
術者はその命と引き換えに、術をかけた対象物もしくは対象者を何処かに飛ばしてしまうのだ。
主に島流しに遭った諸大名の救出、敵地に捉えられた仲間の脱出等の際に、最後の切り札としての使用目的で、かつて誕生した発展途上の術。
術の発動には、術者の生命と、陰と陽が一体となる日食もしくは月食状態であることが求められる。
難度の高さと発動条件の厳しさから、効率化を求める戦の世には不必要な"失敗作"だとされていた。
何しろ不安定な術式の為、発動後どうなるのか等の詰めが甘い技だ。

そんな気まぐれは正確さが求められる忍稼業には向かない。

なんとしても凪雲を助けたい。
なんとしても風魔を野放しにしてはならない。
今際の際いまわのきわで長門は、この切実な二つの願いを自らの技に託して死んだのだ。

「じゃ、じゃあ凪雲は一体どこに…」
長門亡き今、その術を知る佐助に才蔵が詰め寄る。


「わからん。だが、術を受けた者は最も近い"眷属けんぞく"の元に移ると云われておる」


「眷属?…ってことは」


「ああ、恐らく"最も凪雲と近い者"の元に」


「じゃあ風魔は…?」


「…最も奴の属性に近いの者の元に」




令和六年(2024)八月某日。
種子島宇宙開発技術センター。
中央管制室。


「所長、このまま予定通り、皆既日食時の衛星各種と通信システムを一時的手動に切り替えます。遮断される太陽光や宇宙線の影響で如何なるエラーが発生するかも分からないので」

「ああ、予定通り進めてくれ。つくばの方(つくば宇宙開発技術センター)にもタイムリーな状況報告をしながらな」


「しかし、世間じゃ"光と影の天体ショー"なんて能天気に言ってますが、実際自分たちの口座残高が一瞬でゼロになったり、空から人工衛星が落ちてきたらどうすんでしょうね?」


「馬鹿なことを言うな。そうならない為に、我々がいるんだ。能天気な世の中を守る為にな」


そう会話をするのは種子島宇宙開発技術センター所長の田所と職員。
現在、地球の周りには約4,400機の人工衛星が飛び交っている。
気象衛星、通信衛星、そして3,100機もの軍事衛星が我々の平和と秩序に満ちたこの世界を、遠く上の彼方から見守っているのだ。もちろん最後の一文は皮肉だが。

「なあ、コーヒー買ってくるけど、お前さんも飲むか?」

「…ええ?今ですか?」

「どうせ何も起こらんよ。大丈夫、慎重派の君が監視しているから」

「じゃあ…はい…ブラック無糖のやつを…」 

幾分かは怪しまれた。
それは緊張感に欠け、ただ目の前の管制モニターを眺めているだけの現状にやる気が起きない田所所長の業務態度に、あくまでも向けられたものであったが。



「そ、外に出ました」
管制室の頑丈な鉄扉を一枚隔て、人目の少ない廊下を歩く。田所の手には通話中のスマートフォンが握られていた。

「そのまま地下1階の電源制御室に向かえ」
指示を出す声の主は、冷たくあしらうように言い放つのみだ。

「そ、その娘は…娘は無事なんでしょうか…」


「それはあなた次第だ田所所長。我々も現在進行形で計画を進めている。まずはそちらも計画通りに事を運ぶ。いいな?」

「…ハァ、ハァ。こんなのあんまりじゃないか…私が、いや私たちが一体何をしたっていうんだ!」
動揺して声の音量を抑えきれずにいる田所所長 改め 被害者に、声の主はまたしても冷酷な対応をして一蹴する。

「それは自分の胸に聞け、愚かな豚よ」


「アアァ…なんでだ…なんで、アンタの…アンタの目的は何だ?」


──目的?

そんなの決まってるじゃないか。

"根絶やし"だよ。

つまり浄化作戦。人類のね。




























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