マキビシ8ビート #5
米軍最高司令官としてのわたしの責務のひとつは、ロボットたちに目を光らせておくことです。
そして謹んでご報告しますが、みなさんがここで製造しておられるロボットたちは平和を好んでいるようです。少なくともいまのところは。
──バラク・オバマ 元大統領
カーネギー・メロン大学・ナショナル・ロボスティック・エンジニアリングセンターにて(2011年6月)

ちなみに、この書物の原本は、第二次世界大戦後にGHQがその驚異性を鑑みて当時の日本政府から"回収"したらしい。
2024年8月31日 20:19:00
つくば宇宙開発技術センター
中央管制室
衛星管理及び通信司令に関する"臨時"セクション。
以下の内容は、同刻、『アマテラス2024』へ会場派遣されていたNSA(アメリカ国家安全保証局)アジア諜報部 兼 米国サイバーコマンド部隊『ハント・フォワード』所属 特殊工作員
ハットリ・イェーガー・ハンゾーからの報告内容である。
種子島宇宙開発技術センターからS.O.Sが発せられたのは、今からちょうど5分前のことだった。
犯行組織からの要求は、ひとつ。
ツクヨミを渡せ、というもの。
それはつまり、日米合同開発により現在地球から60,000メートル上空を旋回している自動生成AI搭載型 通信衛星『ツクヨミ』の持つ全ての通信網と、ツクヨミ本体のコントロール権限を引き渡すこと。
もっというと、ツクヨミの干渉できる国内外の通信データや法人格含む50億人分のネットワークアカウント、それと軍事衛星や偵察衛星のコントロール権限をよこせ、という極めて欲張りなものだった。
全然要求が1つじゃねぇ。
でもまあツクヨミを奪うとは、そういう事だ。
もし要求に応じなければ、種子島(宇宙開発技術センター)が所有している通信衛星『イザナギ』と、最新気象分析衛星『イザナミ』を
中国の原子力発電所に、そしてイランが所有する核ミサイル発射施設に向けそれぞれ墜落させるとのことだ。
"これはNATO軍によるもの"という偽造した犯行声明と、UFOに跨った愛くるしい"ネズミのキャラクター"の画像データ送信とともに実行する、と犯人たちは述べている。アメリカ及び西側諸国に敵対する、ロシア・中国・北朝鮮。そしてイスラエルと現在戦争状態のパレスチナ及び中東諸国。
そいつらが欲しい"大義名分"ってやつをくれてやる、ってことだろうよ。
それさえあれば倍返しできるからな。
今回、"日本がやりました"なんて言っても失笑されるのがオチだ。
国技とは裏腹に、外交戦略の土俵にすら上がれない。
哀れな敗戦国だ。
とはいえ、親玉のアメリカを脅すよりも、カネと技術だけ出資した弱っちい子分を脅す方が色々お手頃だろう。多分俺だってそうする。
ネギ背負ってるカモだっけ?…まあ何だっていいさ。
ろくに戦いもせず、一丁前な"武器"だけ持ってグローバルという名の無法地帯に飛び出す方が悪いのさ。
この世は戦場だ。甘えるなファッキンジャップ。
お前ら平和ボケの尻拭いをするこっちの身にもなれ。
…まあ、今のはここだけの話。オフレコで頼む。
ああ、それから
連中が何故こんな種明かしするのかって?
簡単だよ。事実なんて簡単に書き換えられるからさ。
それに何が真実かなんて、後から知っていつもがっかりするのが俺たち人類ってもんだろ。
タイムリミットはあと5分。
つまり、二十時二十四分(予定時刻)から始まる、皆既月食のタイミングでツクヨミを手動化した際に、コントロール権限を渡せ、ということだ。
本件についてはすでに、アメリカ政府はもちろん、クソほどにも役に立たない日本政府官邸および外務省及び防衛省など関係各所に『国際的有事に関する非常事態宣言 第三項 国際的紛争要因の発現について』というかたちで、端折っていうと「クソやばいです」という意味で、警告済みだ。
もしこれが本当だとしたら、第三次世界大戦は待った無しだろう。しかも全面核戦争も辞さないかたちで。
はじめは、何かの間違いだと思った。
でも、あの種子島から送られてきた映像と、何よりあちらのセンター長 田所の生体パスワードが無けりゃS.O.Sは発信されないっていう既成事実で十分裏は取れる。
種子島の光景は悲惨極まりなかった。
ダークウェブや闇サイトで出回ってるメキシコだかどっかのマフィアの見せしめ動画ですら、おっかなくて見れなかったのに。
あの生首は本物だ。奴らは本気だ。
人の命や生活を、何とも思っちゃいない。
ま、オレもさして人に興味があるわけじゃないが。
死ぬのは怖い。アンタもそうだろ?
奴らは『キルサイト』
ロシア人を中心としたサイバーテロ組織だ。
首謀者は、ベルーガ・シェフチェンコ。
だが奴は数週間前、潜伏先のベラルーシで死んだ。
まさかCIAの奴らが冷めた宅配ピザ温め直してる隙に、殺し損ねたって訳じゃないだろうな?
いや、流石にそれは無いか。
だって殺ったのはオレだから。
眉間に一発、それから左胸部に一発。
ケチくさい上官の命令に従って、今回も無駄撃ちなし。殺しはいつも俺ら"影"の仕事だからな。
CIAとの合同作戦で、オレは確かにあの時、奴を殺した。
──じゃあ奴らは一体、誰と手を組んだ。
以上、報告終了。
明日が来ることを祈る。
その男の名は、泉岳龍。
中国ロケット開発の父、泉学森の孫にあたる。
岳龍の両親は、1996年9月に死んだ。
人工衛星搭載型ロケット『長征3号B』の墜落事故で死んだ。
打ち上げ直後に機体のコントロールを失い、そのまま近隣の村に落下。
中国が召集した国際調査団メンバーの中には、のちに種子島宇宙開発技術センター 所長となる田所も含まれていた。彼らは、中国政府に買収されていた。
「しっかり"報告"するように」と。
当時の中国による報道によると、この事故で6名が死亡し、57名が負傷したと報じられた。
もちろんこれは偽情報。買収された田所たちが捏造した嘘八百である。
実際の死亡者は数百人規模にのぼる大惨事。
ロケットの燃料物資である『ヒドラジン』が、人間の体や金属を溶かし腐らせ、それが一帯に飛散し、村は瞬く間に壊滅したのだ。
それはまさに地獄の光景だった。

岳龍の両親は、まだ当時5歳だった彼に覆い被さるようにして、ミスト状に飛散する無数のヒドラジンから我が子を守ろうとした。
彼は助かった。
彼だけが助かってしまった。
イギリスに亡命していた彼の祖父、泉学森は、1996年の墜落事故以降、その生涯を無害燃料ロケットの開発に費やした。
そして、その開発には孫の岳龍も加わり、年老いた天才の後を引き継ぐ。
開発は成功し、祖父 学森は2022年1月14日に天寿を全うした。
世界の貧困格差や、エネルギー資源の問題を解くカギは宇宙だ。
その宇宙開発を担うロケットがより安全で、よりクリーンであれば、世界の諸問題解決もまた夢の実現に向け大きく前進するに違いない。
もう二度と、ロケット事故は起こさない。
もう二度と、技術開発による悲しみの連鎖を引き起こしてはならない。
それが、祖父と孫が信じた偉大なるビジョンだった。
祖父 学森の死去から1ヶ月後の2022年2月24日。
ロシアはウクライナに軍事進行をした。
「無害燃料ロケットは、燃料が取り扱いやすく、何より安価だ。つまり最高の武器になる」
ロシアも西側諸国もアメリカも中国も、無害燃料型ロケットをベースとした新たな武器開発を躍進させた。
それはもう、人間たちの底なしの支配欲に比例して、何千何万のミサイルに転用され、打ち上げられた軍事衛星たちもまたドローン爆撃や諜報活動のために用いられたのだ。
戦争による技術革新は、これまでの歴史を遡ってもよくあることではあった。
だから岳龍は悟ったのだ。
人類を滅ぼすことが、最善の開発だと。
「…ハンゾー、聞こえるか?」
声の主は、NSAアジア諜報活動部
作戦司令官長 補佐役
第一級オブザーバーのミフネ。
元自衛隊 特殊空挺師団 第1師団 部隊長。
元アメリカ海兵隊 特殊作戦部隊SEALDs精鋭射撃手。
元公安9課 秘密保護法に基づく特殊工作『辻』作戦の指揮官。
いわゆる戦争のプロで、スパイ狩りのプロ。
世界の汚れ仕事を担う俺たちみたいなクソを束ねるクソのプロ。死神。『オブザーバー』とかいう口だけ達者なクソ上司。口癖は「上からの命令だ」、「私にそれを決定する権限はない」。同じ空気を吸うだけで反吐が出る。
「あーはい。聞こえてますよ」
ハンゾーは、自身の左手首に巻きつけられた通信デバイスから浮かび上がる、大きさ5センチ程のホログラム映像に向かってそう返事をする。
「今回の首謀者がわかった。その情報を送る」
──泉岳龍。
二十九歳。中国人。ロケット開発の天才エンジニア。
マサチューセッツ工科大でロケット工学とロボット工学を学び、その後、祖父 学森と無害燃料ロケットの開発に至る。
なんでこんないかにも育ちの良さそうなエリートが。反抗期にしちゃ、ちょっと遅すぎやしないか。
ハンゾーはミフネから送られてきたサマリーに目を通しながら、そんな疑問を感じた。
「しかもそれだけじゃない」
ミフネの口調がより一層語気を強めて続く。
「グランマに、この7日間の羽田や成田の航空記録と、東京湾やヨコハマベイへ向かった船舶記録を調べさせた」
流石にグランマも、アメリカ政府が極秘開発した大規模言語集積モデルの最新型AIとはいえこんなパワハラクソ上司からの無茶振りに色々付き合わされるのは、さぞ辛いだろうなと、心中でその身を案じた。
「何か掴めたんですか?」
「ああ。鹿児島の駐屯基地から、今朝ヘリが一機そちらに向かった。しかも積載対応型無人機だ。何かを載せてそちらに向かっていった」
「…ハァ。自衛隊って自分とこのヘリがパクられても気づかなかったんですか?」
ミフネの出身が日本の防衛省ということを理由に、ハンゾーはそれ見たことかと嫌味たらしく言ってみせた。
「いやそうじゃない。管制システムが一時的にジャミングされて、航空状況や基地に駐在していた機体の情報をカモフラージュされたんだ。恐らくキルサイトに所属する第一級ハッカーたちがサイバー攻撃を仕掛けてきたんだろう」
ハンゾーのディスに対してミフネは一切動じることなく、淡々と事の顛末を述べるのみ。つくつぐ食えない男だと思った。
「それってヤバくないですか?…まあ色々ヤバイこと多すぎて訳わかんないんでしょうけど」
「ああ。色々ヤバイ。明日の天気が核の雨になるかもしれないってのに、カミさんは『もう明日からメシは作らない』だとさ。色々大変でヤバ…………」
「お前みたいなクソ野郎の何が良かったかって、そりゃその破格の給料だろうよ。潔く離婚しないそのクソアバズレと一緒にとっとと心中しやがれ、クソが」
ホログラム上のミフネの顔がザラザラとノイズに晒されフリーズしていることを確認したあと、しっかりと悪態をついた。
月食が近づいてきたおかげで、通信環境がすこぶる悪い。まあそれ以外の可能性もあるわけだが。
2024年8月31日 20:24
ついにその時はやってきた。
空に浮かぶ月が、その青白く輝く輪郭だけを残して、深淵の闇に飲み込まれてゆく。
530年ぶりの皆既月食だ。
その光景は、何とも神々しく。
そして禍々しい、この世の終わりの予兆のような輝きを放っていた。
「…なんか、怖いな。さ、流石に」
こういう時のイッシンは、おバカだが可愛い。
何とも言えない不気味な光景に、思わず気負いそうだったリョータも、緊張と緩和で思わず安心してクスッと笑ってしまった。
「まぁ、なんも無いって。過去にもあったわけだし」

リョータは、自らの抱く恐怖の感情に蓋をするかのように告げた。
おぞましい闇の瞳が、はるか上空からこちらをじっと見つめているように思えた。
