経済書(14):21世紀を動かす思想 その2 プルラリティ
前回に続いて樋口恭介著の「21世紀を動かす思想」に沿って、今回は第2のテーマである「プルラリティ」について私自身の考察を交えて、まとめてみたいと思います。
プルラリティ(PLURALITY)とは?
プルラリティという言葉(思想)を知ったのは、まさにPLURALITYという題名の日本語版が出版されたからです。
この書籍はマイクロソフトリサーチに所属する経済学者グレン・ワイル氏と台湾の初代デジタル担当大臣オードリー・タン氏、そしてプルラリティ・コミュニティの協力によって、Web上にパブリックドメインとして公開されている内容を本の形にしたものです。
ただし、この論文はそれぞれの章、テーマごとに事例や主張が別々に書かれたようで、根底に流れるプルラリティの思想は感じ取れるものの、一貫した主張やストーリーとしては少しわかりにくいというのが正直な印象でした。
本書や和訳コミュニティサイトに載っている下記の図表(スペクトラム)を見ても、すぐにその主張を理解できる方は少ないのではないでしょうか?

その後、いくつかのサイトや解説書が出るなかで、彼らの主張を少し理解できるようになりました。特に参考となるのは法政大学准教授 李舜志氏による書籍「テクノ専制とコモンへの道」なので、興味のある方はご一読ください。
今回の新書「21世紀を動かす思想」からも読み取れるように、プルラリティを主張するグレン・ワイル氏やオードリー・タン氏はテクノ・リバタリアンが支配的な現在の民主主義や、トランプ大統領、プーチン大統領や習近平首席がリードする専制主義的な政治のどちらにも組しません。
進化した現代のテクノロジーを使って民主主義の未来をどうにか作っていこう、バージョンアップすることを志向しています。
台湾の置かれた状況とオードリー・タン氏
オードリー・タン氏がコロナ禍に若くして初代デジタル大臣となった台湾は、本省人・外省人(漢民族)、原住民(16民族)・新住民(国際結婚等で台湾籍を取得)など多様なバックグラウンドを持つ人々が共存する社会です。そして、宗教も仏教と道教、儒教が渾然一体となった多神教なんだそうです。
それ故に単一の価値観で統治するのではなく、多様性を前提にした民主主義モデルが台湾には必要でした。米中の狭間で「どちらにも依存しない」道を探る、米国の支援を受けつつも中国ビジネスも重要、つまり、米中どちらか一方の価値観に全面的に依存することを一般の民衆は避ける傾向にあるそうです。
そこでオードリー・タン氏は中央集権的な中国モデルでも市場第一主義的な米国モデルでもない第三の道として、多様性と協働を軸にしたデジタル民主主義を施行したと言われています。
台湾の国際政治上の微妙な立ち位置については、真山仁氏の小説「チップス」でも、世界最大の半導体ファウンドリを巡る半導体覇権や台湾有事まで見据えた米・中・日本政府/企業のそれぞれの計略とそれに対抗する鷲津政彦率いるハゲタカファンドの攻防戦において、翻弄される台湾企業・政府の姿がエキサイティングに描かれています。
デジタル民主主義とは?:成田悠輔氏の「データ民主主義」との違い
さて、では彼らが主張するデジタル民主主義は従来の民主主義をどのようにアップデートしようとしているのでしょうか?
以前、私のnote で「データ民主主義」について取り上げたことがあります。
この時はデータで人間が管理されることの是非、監視される社会への危惧を述べました。
そこで、22世紀の民主主義で成田 悠輔氏が提言した「データ民主主義」との違いをはっきりさせることで、同じデジタルやデータの力を使って、プルラリティがこれまでの民主主義をどのようにアップデートしようとしているか明確にしたいと思います。
成田悠輔のデータ民主主義:AI・データ駆動の民主主義
・民主主義の前提(選挙・意識的意思表示)そのものを疑い、置き換える
・人間の“無意識データ”をAIが読み取り、選挙を超えた意思決定を行う
アルゴリズム民主主義 = 民主主義の再発明(あるいは代替)
プルラリティ:市民参加型のデジタル民主主義
・民主主義の価値(参加・熟議)を守りながらアップデート
・多様な人々が協働できるようにするための参加型・熟議型の
デジタル民主主義 = 民主主義の強化
つまり、オードリー・タン氏が理想とする多様性と協働を軸にしたデジタル民主主義は、政党政治や代議員制度によって民意が歪められがちな間接民主制から、古代ギリシャ時代の直接民主制、市民が直接集会に参加し、政策や法律について投票する形態をデジタルの力を使って実現しようとしていると捉らえることができるでしょう。
日本でも2025年に「デジタル民主主義2030」という非営利・中立のOSS開発コミュニティ立ち上がっています。
AIとデジタル技術を用い、情報分断・政治参加の断絶といった構造課題に対し、 政策形成プロセスの透明化と参加拡張を実現する仕組みを構築することを目標に掲げています。
前回の参議院選挙で大躍進した政党「チームみらい」を率いる安野貴博氏はこの「デジタル民主主義2030」の立ち上げメンバーの一人でもあり、今後の動向に注目したいと思います。
プルラリティの限界?:現代社会の複雑な問題に民意だけで解を見出されるのか
さて、多くの民意をできるだけ広く公平に吸い上げるだけで、果たしてより良い社会、明るい未来が築けるのでしょうか?
環境問題を含む現代の社会課題は複雑で、一つの解決策が別の問題を誘引する危険性も潜んでいます。(ex. AGIの技術進化と暴走の危険性、原発停止によるCO2排出量増加など)
企業経営でも良く言われることですが、短期と中長期の目標は時としてトレードオフの関係、両立することが難しいケースが多くあります。
いまの人類は地球の未来、次の世代・子孫のために現在の自由や快適さを放棄・抑制できるでしょうか? それは一部の識者が提言している脱成長論を超えられるかにも繋がります。
本書「21世紀を動かす思想」では、この課題を解決する3つ目の思想としてシナリオ・プランニング、SFプロトタイピングが提示されます。
次回はそれがテーマです。
