経済書(13):「21世紀を動かす思想」その1 加速主義
最近、これからの民主主義や経済・政治思想について、見事にまとめられた新書に出会いました。
読後録として本書「21世紀を動かす思想」のテーマに沿って、今回は本書の第1のテーマである「加速主義」を軸に、私自身の考察を交えてまとめてみたいと思います。
著者について
本書の著者 樋口恭介氏はSF作家でありながら外資系コンサルティングファームでDX戦略を担うという、極めてユニークな経歴の持ち主です。「SFの想像力」と「ビジネスの論理性」を横断する同氏の視点は不確実な未来を見通す「現代の知性」の一人と言えるでしょう。
noteにもご自身のページがあり、様々な視点から記事投稿されています。
さらに樋口恭介氏の人格をLLMで模したリサーチ/ライティングAIのページもnote内にありました。
加速主義とは?
さて、本書の第1テーマである加速主義は「資本主義や技術の進展を意図的に加速させ、その矛盾や限界を露呈させることで、新しい社会や価値観への変革を目指す思想」というのがCopilot Searchの回答ですが、時代・思想的に3つのカテゴリーがあります。
AI樋口さんのnoteでも、これらの「加速主義」についてわかりやすくまとめてありますが、私もMS Copilotに聞いてみたところ以下の表にまとめてくれました。

もともとは過激な制度改革や技術導入により社会変革を加速させるべきという左派的(社会主義的:L/acc)な思想が原点のようですが、かつての政治的な左右の対立を超えて、現在はシリコンバレーの起業家やテクノ・リバタリアンによって『AIや生命科学などの技術革新をどう加速させるか』という思想に大きく変化しています。
効果的加速主義 e/acc:AGIへの渇望
現在のようなChatGPTに始まる生成AIブームになる以前に「シンギュラリティ」という言葉がブームになったのを記憶されている方も多いでしょう。
未来学者のレイ・カーツワイル氏が2005年に出版した「ポストヒューマン誕生(原題:The Singularity Is Near)」のタイトルにもなった言葉です。
シンギュラリティとは「技術的特異点」という意味で、もともとは急速に技術進化が進む時点のことを指していました。
近年は人工知能の進化の側面で使われることが多く、レイ・カーツワイル氏は「人工知能が人間の知能を超える時点」(≒AGIの実現)と考え、当時の技術進化のスピードから、2045年頃には実現されると予測していました。
それから20年近く時が経ち、生成AI/LLMの開発によりAGIの実現は現実味を帯びてきました。OpenAIが開発したChatGPT 3.5がリリースされたのが2022年11月末。その直後、2023年にNetscape Navigatorの開発者有名なマーク・アンドリーセン氏が「テクノオプティミスト宣言」を発表しました。
声明文には、AIなどの技術の発展こそが人類の暮らしをよりよくするという展望がつづられ、複数メディアが賛否両論とともにこの宣言の発表を報じたようです。
「知能」の項目でアンドリーセン氏は、「人工知能は私たちの錬金術であり、賢者の石であると私たちは信じています」と述べて、医学や自動運転車、創薬などの分野から戦争における同士打ちの防止まで、さまざまな方法でAIが人命を救うと主張しました。
効果的加速主義 e/accはAGI善玉論とも言えるかもしれません。
AIは本当に人類を救うのか?
ところが昨今のウクライナやイランの戦況をメディアで見聴きしていると、最後の「AIが人命を救う」というのはだいぶ怪しい、実際には真逆の現実が起きていると疑われる状況が続いています。
現代の戦争はAIによる戦争だと言われています。米国のPalantir(パランティア)が今回のアメリカ軍によるイランへの軍事作戦 の中でドローン攻撃や精密爆撃において 情報分析・標的選定の核となる技術・サービスを提供している企業の一例として挙げられています。
WIRED日本版のポットキャストの中で、その実像や倫理観について冷静に解説、コメントされていますので、興味のある方はぜひご視聴ください。
今回の戦争ではOpenAIとAnthropicの米軍によるAIの軍事利用について対応が分かれ、米国内でも論争になっていますが、PalantirはOpenAIに近い態度「情報分析結果を使って意思決定するのは軍や政府側。我々は高度な分析情報と最適と考えられる戦術やターゲット候補を提供するのみ」とプラットフォーマーとしての立場を堅持しているように思えます。
OpenAIとAnthoropicのスタンスの違い、またPalantirとAnthropicの関係など「AIの軍事利用」に関する経緯が以下のnote(AIスマートナビ)に詳しく書かれていました。
このnoteの最後に「AIの軍事利用」に関する論点(問題)が4つ挙げられていました。興味のある方はぜひ全文をご一読ください。
問題①:AIは「武器」になりうるか?
AIそのものは武器ではありません。しかし、AIが組み込まれたシステムは、非常に強力な軍事ツールになりえます。
問題②:「人間の判断」はどこまで必要か?
最も議論が白熱しているのが、「ループの中の人間(Human in the Loop)」という概念です。
問題③:テック企業に「ノー」と言う権利はあるか?
今回の対立で浮かび上がったのは、より根本的な問いです
民間企業は、政府(特に軍)に対して「この使い方はダメ」と言う権利があるのか?
問題④:AI競争と安全性は両立できるか?
Anthropicが自社の安全性ポリシーを一部撤回した理由は「競争力の維持」でした。これは、AI業界全体が直面するジレンマを象徴しています。
note: AIスマートナビ より
防御的加速主義 d/acc:
加速に「ブレーキ」でなく「方向性」を
さて、これらの効果的加速主義:e/acc への代表的な批判として「リスク軽視、格差拡大、非民主性、技術万能主義の罠」が挙げられています。
そこで出てきた考え方が防御的加速主義:d/accです。
d/accの「d」はDefense(防御)、Decentralization(分散化)、Democracy(民主的)、Differential(差異化)など多義的な意味を持つそうですが、これらを意識することで、どの方向に加速するべきかといった倫理的な問いを繰り返し、思慮深くバランスの取れた方向性に人類の未来を導けるはずだ。と主張しています。
ただ、この記事にあるようにd/accの提唱者であるブテリン氏はイーサリアムの共同創設者ですので、ブロックチェーンネットワークや既存の中央集権型金融機関に対するDeFi:Decentralized Finance(分散型金融)の優位性を謳うためのポジショントークと見られなくもありません。
私自身はDeepMindの創始者で現在、Microsoft のAI部門トップであるムスタファ・スレイマン氏の「The Coming Wave :AIを封じ込めよ(単行本邦題)」を読んだ際に、レイ・カーツワイル氏のThe Singularity Is Near以上に、現実感をもってAGIや生命科学、ロボット工学の暴走に強い危機感を持ちました。
また、AIの父と呼ばれるノーベル賞受賞者ジェフリー・ヒントン氏もインタビューの中でAGIの負の局面について、強い警鐘を鳴らしています。
特にAIと核兵器との違いについて語っている話が興味深かったので、こちらも引用しておきます。
核兵器との比較 – なぜAIはより危険なのか
原子爆弾は実際にはたった一つのことにしか適していませんでしたし、それがどのように機能するかは非常に明白でした。たとえ広島と長崎の写真を見ていなくても、それが非常に危険な大きな爆弾であることは明らかでした。
AIは多くの、多くのことに適しています。それは医療と教育において素晴らしいものになるでしょうし、データを使用する必要があるほとんどすべての産業において、AIでそれをより良く使用できるようになるでしょう。ですから、我々は開発を止めるつもりはありません。人々は「なぜ今すぐ止めないのか」と言いますが、あまりにも多くのことに対してあまりにも優秀すぎるから止めないのです。
また、戦闘ロボットに適しているから止めないのです。武器を販売する国々はどこも止めたくないでしょう。(中略)
つまり、政府は企業と人々を規制することは喜んでやりますが、自分たち自身を規制することは喜んでやりません。それは私には非常にクレイジーに思えます
「多様な意見を元に民主的なプロセスがあれば技術の暴走を防げる」という考えは果たして現実的でしょうか。それとも、楽観的でしょうか。
加速主義者とテクノ・リバタリアンとの違い
最後に、私の以前のnoteでテクノ・リバタリアンについて書いたことがあります。彼らにはレイ・カーツワイルや未来学者が描いたAGIの世界(さらに生命科学の発展による不老不死の世界)を早期に自分たちの手で実現するという大きな野望があります。
自分たちが膨大な資金を投じているそうした技術の進化や実社会への導入を妨げる社会的な制約はすべて「悪」であるという主張は前述の「効果的加速主義」と同様に「規制を嫌う」という点では少し似ているように思われます。
テクノ・リバタリアンの思想は1990年代のシリコンバレーで生まれ、その後、ピーター・ティールやイーロン・マスク、GAFAなどのハイテク産業の起業家・富裕層の間で広まっていったとされています。
彼らはこれからの経済成長のためには既得権益を守る社会ではなく、起業家精神を育み、邪魔をしない社会 「究極の自由」が約束された社会が必要だ。それは既存の国家も民主主義も超越した数学的に正しい社会統治であり、「ハイテク自由至上主義者」とも呼ばれています
しかし、どこか微妙に効果的加速主義 e/accと彼らテクノリバタリアンたちの思想背景や方向性が異なる気がしたので、MS Copilotに聞いてみました。
① 倫理・社会設計への態度
e/acc:倫理や社会制度の再設計を議論の中心に置く
樋口氏の整理では、加速主義は「どの方向に加速するか」が重要であり、
e/accもまた「技術の加速をどう倫理的に扱うか」が問われる。
テクノ・リバタリアン:倫理より自由・市場を優先しがち
• 「規制は最小限」「市場が最適解を生む」という思想が強い。
• 社会制度の再設計よりも、個人の自由と技術の自律的発展を重視。
➡ e/accは倫理的・制度的な議論を内包するが、テクノ・リバタリアンはそこを軽視しがち。
② 共同体観・多様性への態度
樋口氏の本では、加速主義と対になる概念として、プルラリティ(多様性と協働)が重視される。これは「多様な価値観を前提に協働を設計する」という思想。e/accはプルラリティと接続しうる。
テクノ・リバタリアンは個人主義が強く、協働の制度設計を重視しない
• 多様性より「個人の自由」「市場の自律性」を優先する傾向。
➡ e/accは共同体の再設計を視野に入れるが、テクノリバタリアンは個人主義的。
③ 政治哲学的背景
e/acc:加速主義の系譜(ランド〜現代AI論)に位置づく思想
• 資本主義・技術・社会変容の関係を哲学的に扱う。
• 「加速の方向性」「倫理」「人間性の再定義」が重要テーマ。
テクノ・リバタリアン:リバタリアニズムの延長線
• 国家最小化、規制撤廃、自由市場を中心に据える政治思想。
• 技術はその手段であり、哲学的な「加速」概念は薄い。
➡ e/accは哲学的・思想史的だが、テクノリバタリアンは政治思想としての自由主義が基盤。
④ 未来の扱い方
e/acc:未来を「構想し、選び取る」もの
樋口氏は未来学の文脈で、未来を複数のシナリオとして扱う重要性を強調。
テクノ・リバタリアン:未来は技術が自律的に切り開くもの
• 「技術が進めば自然と良い未来が来る」というテクノユートピア的傾向。
➡ e/accは未来を設計するが、テクノリバタリアンは未来を市場と技術に委ねる。
要約すれば、テクノ・リバタリアンが「技術が進めば自然と良い未来が来る」と市場に委ねるのに対し、e/accはより思想的・社会変革的な側面が強いのが特徴です。
最後に再度、Power & Progress「技術革新と不平等の1000年史」で主張された テクノ・リバタリアンへの批判について再掲しておきます。
本書では「技術革新が進展し、生産性が向上すれば、その恩恵は生産従事者
にも及び、ひいては民衆全体の生活も向上するはず」という考え方(妄信)を「生産性バンドワゴン」と呼んでいます。
経済学ではトリクルダウン効果「裕福な人がより裕福になれば、その分、富が貧しい人にも富が滴り落ちる」という理論がありますが、そこに技術革新や生産性の概念を取り入れたところが新しいかもしれません。
一方、本書では過去の歴史を紐解いていけば、技術革新によって生産性が上昇しても利益を受けるのは常にエリート層であって、現場の労働者まで恩恵が拡がることはほとんどなかったという主張が立証されています。
今回は本書「21世紀を動かす思想」の第1テーマ「加速主義」を中心に、いまの技術進化の方向性に人類の未来を託せるのか、技術革新の暴走を人類は制御できるのか?と言った論点でまとめてみました。
次回は本書の第2テーマである「プルラリティ:複数性・多元性」について書いてみたいと思います。
