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船のe-fuel削減をクレジット化する初の独立方法論──日本の海運会社がVerra標準づくりに入った意味

カーボン市場の仕事をしていると、「証書や契約で排出を会計する」という話が最近やたら増えてきたな、と感じます。先日もGoogleが航空燃料の証書(SAFc)を大量に買った話を取り上げました。今度は海運です。船の燃料を化石燃料から水素やアンモニア、合成燃料(e-fuel)に切り替えると、その削減分をクレジットにできる──そういう独立した方法論が、先週Verraから出ました。しかも共同開発者に日本の海運会社が名を連ねています。今日はこの話です。

まず、何が出たのか

世界最大のボランタリークレジット認証機関Verraが6月16日、「VM0053 海運向け代替低炭素燃料」という方法論のバージョン1.0を公開しました。Verra自身はこれを、海運の排出削減を定量化する初の構造化された独立会計フレームワークと位置づけています。

対象になる燃料は、水の電気分解などで作ったグリーン/e-水素、グリーン/e-アンモニア、そしてe-LNG・e-LPG・e-ディーゼル・e-メタノールといった合成燃料です。ここは正確に押さえておきたいのですが、対象は水素・アンモニア・e-fuelにかなり絞られています。新造船・既存船を問わず、総トン数も航行海域(領海・公海)も問わず広く拾える一方、バッテリー電気推進船はもちろん、バイオ燃料やリサイクルカーボン燃料を中心とする案件も、この方法論の外にあります。パブリックコメントではリサイクルカーボン燃料を含める提案もありましたが、開発者側は今回含めなかったと回答しています。「船の脱炭素全般」ではなく「特定の次世代燃料への切り替え」を狙い撃ちした手法だ、と捉えるのが正確です。

注目したいのが開発の座組みです。この手法は、日本の飯野海運(Iino Kaiun Kaisha)、スイスのGrütter Consulting、そしてVerraの共同開発です。2024年11月から12月にかけてパブリックコメントを経て、今回の正式公開に至りました。国際的なクレジット標準づくりの「上流」に日本の事業会社が入っているケースは、わりと珍しい。ここは素直に面白いポイントです。

なぜ今、このタイミングなのか

「で、なんで今なの?」という問いには、はっきりした背景があります。海運全体に網をかけるはずだったグローバル制度の、正式採択が先送りになっているからです。

国際海事機関(IMO)は2025年4月、燃料のGHG強度基準と排出への価格付けを柱とする「ネットゼロ枠組み(Net-Zero Framework)」を承認しました。ところが2025年10月の臨時会合で、加盟国は採択を1年延期することを決議(57対49)し、議論は2026年10月に再開されることになりました。この延期により、発効は早くても2028年3月という整理になっています。止まっているわけではなく、ガイドライン作りは続いていますが、投資判断に必要な規制の確度がまだ足りない、という状態です。

ここで誤解したくないのは、「規制空白」ではないことです。EUはすでに2024年からEU ETSで大型船のCO2排出を対象にし、FuelEU Maritimeも2025年から燃料のGHG強度規制を始めています。つまり実態は、グローバル制度の遅れと、地域規制の先行が併存している構図です。船主は地域規制に対応しつつ、高価な次世代燃料への切り替えを迫られている。そのコストギャップを埋める資金源として、ボランタリー市場のクレジットが手を挙げてきた、というのが今回の位置づけです。規制が出そろわないなら、市場が先に動く。脱炭素の世界では、この順番がときどき起きます。

ここが難所──規制との重複より、誰が何を主張するか

ただ、この手法を手放しで歓迎する前に見ておきたい論点があります。二重計上です。

まず公平に言えば、VM0053は規制との重複をまったく放置しているわけではありません。追加性の判定として、法律や規制で義務づけられた削減ではないこと(regulatory surplus)を求めています。そのうえで、将来IMOの制度やMARPOL上の枠組みでコンプライアンス目的に主張された削減分は、VM0053のクレジットとしては主張できない、と明記しています。IMO制度を上回る削減分だけがクレジット化の余地を持つ、という整理です。ここはしっかり書き込まれています。

それでも難しさは残ります。海運の場合、同じ燃料切り替えによる削減が、船を運航する海運会社のScope 1、荷物を運んでもらった荷主のScope 3、そしてクレジットを買う第三者企業のオフセット主張にまたがって現れます。つまり問題は、単に「一つのクレジットが二重に発行されるか」ではありません。同じ実体的な削減を、複数の企業が別々の帳簿でどう語るのか、という主張(claim)の設計の問題です。

ここが曖昧なままだと、クレジットとしては一回しか発行されていなくても、企業の気候主張のレベルでは過剰に使われる可能性があります。実際、パブリックコメントでもこの棲み分けを具体的に問題視する声があり、Verra側は「方法論レベルというよりVCS標準やプロジェクト文書側で扱う論点」と応答しています。つまりVM0053の品質を見るには、方法論の文言そのものだけでなく、実際のプロジェクト文書、荷主との契約、Scope 3算定、そしてクレジット購入者の開示の書きぶりまで確認する必要がある、ということです。

もう一つの注意点──追加性を「低普及率」で担保する設計

追加性については、もう少し掘っておきます。VM0053は、個別プロジェクトごとに「クレジット収入がなければ実施されなかった」と一件ずつ証明させる設計ではなく、ポジティブリスト方式に近い立て付けをとっています。代替低炭素燃料の市場浸透率が2023年時点で0.26%と、5%未満ときわめて低い。だから条件を満たせば追加的とみなす、という考え方です。

これは実務上は合理的で、審査コストを下げる効果もあります。ただし批判的に見れば、「普及率が低い=追加的」と言い切れるのか、という弱点を抱えています。たとえば、荷主がプレミアムを払う長期輸送契約があったり、FuelEU Maritime対応で元々切り替えが必要だったり、ブランド価値や先行投資補助が効いていたりする場合、クレジット収入がどれだけ実施の決定打だったのかは、案件ごとにかなり違うはずです。低普及率という一律の入口で追加性を担保する以上、ここは購入者側が個別に目を凝らすべきポイントになります。

実務者として、どこを見るか

とはいえ、この動き自体は海運の脱炭素にとって前向きな一歩だと思います。難削減分野で、規制が出そろう前に民間資金を呼び込む仕組みが一つ増えた意義は小さくありません。

一点、類比には注意が要ります。冒頭でSAFcや再エネ証書を引き合いに出しましたが、VM0053は厳密には証書のbook-and-claim制度ではなく、物理的な燃料使用に基づくクレジット方法論です。むしろこの方法論は、燃料のライフサイクル排出を計算する際に環境属性証書や再エネ証書、仮想的な供給シナリオを使ってはならないとしていて、燃料そのものの排出係数をIMOガイドラインや規制当局承認値、GREETモデルなどで出し、第三者確認する設計になっています。「証書で何とかする」話に近いようでいて、制度としては「燃料切り替えプロジェクトの排出削減クレジット」である。ここは混同しないほうがいい。

そのうえで実務目線のポイントを挙げると、まず買い手側のデューデリジェンスです。海運クレジットを脱炭素ポートフォリオに組み込む企業は、そのクレジットが地域規制や将来のIMO制度と重複していないか、追加性が個別案件でも立っているか、そしてScope 1・Scope 3・第三者主張の棲み分けが整理されているかを、丁寧に確認する必要があります。

日本の文脈で言えば、海運は日本にとって戦略産業であり、燃料転換の最前線にいるプレイヤーも多い。今回、日本の事業会社が国際標準の設計側に回ったことは、ルールメイキングへの関与という意味で示唆的です。クレジットの「使い手」になるだけでなく「作り手」になる動きが、難削減分野から出てきた。そこは記録しておく価値があると感じます。

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【一次情報】

【報道・解説】

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