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「勝手にスポーツ大臣」24 小林信也 「国」にスポーツの企画機能を構築する

国はスポーツにどう関わるのか。すべて民営化でいいのか?
日本社会の流れでいえば、国営事業の民営化が進められ、国鉄(JR)も郵便事業もたばこもいまは株式会社が経営している。スポーツはといえば、国立競技場などハード面は国が直接整備するが、そこで開催されるイベントはほぼすべて民間企業または公益法人などの競技団体がスポンサーと共に主催する。また近年は、建てるのは国家予算だが、できるだけ維持管理費を削減し、運営を民間に委託する形態が主流になっている。かつては広告代理店がスポーツ団体やビッグイベントの右腕として君臨していた。東京2020の不祥事で問題化し、広告代理店の独占的体制は崩れつつある。それに代わってというか、新たな支配構造として、競技場の維持管理委託業者という立場が浮上している。
 
新国立競技場は「民間委託」で年間約10億円の赤字補填が不要になった
新国立競技場は東京2020開催後、維持管理に「年間約10億円の赤字補填が生じる」とされ、非難の的になっていた。昨年、NTTドコモを代表とするグループが民営化に呼応し、優先交渉権を得た。この時、東京新聞は次のように報じている。
『日本スポーツ振興センター(JSC)の発表では、30年間の運営権の対価に528億円の支払いを提案している。民営化を巡っては採算性が課題とされており、年間10億円を上限に国が負担する方針を示していたが、ドコモなどは要求しなかった。(中略)
盛山正仁文科相は4日の記者会見で「心配していた公費負担がなくなり、運営権対価を得られるのはありがたい。ほっとひと安心だ」と安堵(あんど)の表情。』
これを読んで「税負担が減ってひと安心」と思う国民が多いかもしれない。けれど「勝手にスポーツ大臣」は別の疑問を感じる。国立の競技場を維持するのに必要な「わずか10億円」の財源さえ国にない、そして、スポーツに税金を使うことを国民がそれほど忌避している。スポーツへの理解と支持はそんなに低いのか。その無理解を放置して、スポーツは今後もさらに肩身の狭い思いを強いられて何も手を打たないのか?
 
新国立競技場をどう運営するか、その主導権は民間に渡された
NTTドコモを代表企業となり前田建設工業株式会社、SMFLみらいパートナーズ株式会社、公益社団法人日本 プロサッカーリーグの4社で構成するグループ」は実際、昨年9月に新会社を設立。正式契約も締結し、今年4月1日から新国立競技場の運営を行うことが決まっている。
国は、「国立」競技場で何をするのか、わずか10億円の元手が用意できないために、そのイニシアティブを民間に投げだしたのだ。「勝手にスポーツ大臣」には、信じられない無責任、そして情熱のなさに思える。
私はスポーツイベントのビッグビジネス化が素晴らしいとは思わないが、経済を循環させる発想は重要だ。10億円の維持管理費は家賃か光熱費のようなもので、それが10億円なら高くはないという考え方もあるはずだ。実際、ドコモを中心とするグループは、新国立競技場でイベントなどの事業を展開し、国に年間平均にすれば約37億円を上納すると提案した。つまり、商売が成り立つという計算を立てたのだ。民間には出来て、国にはそれができないのか? 国にはその程度の企画能力しかなく、プロデュースの情熱もないと無力、無気力をさらけ出しているも同然だ。
 
天才的なスポーツマネジメントの人材支援が必須だ
先の東京都知事選挙で、安野たかひろ候補が注目を集めた。僕は選挙期間中、直接安野候補に声をかけ、なぜデジタルのスペシャリストが「都知事」でなければならないのかの理由を訊ねた。「トップに立たなければ実現できない。知識のないリーダーの元では仕事が十分できないことを過去の経験で知った」と話してくれた。それと同じことはスポーツ分野にも言えるだろう。
「勝手にスポーツ大臣」が強調したいのは、「スポーツは国民にとってとても重要な分野なのだから、税金を使うことも重要だという理解を高める必要がある」「但し、できればスポーツ自体が収入を稼ぎ、税金に依存しない財源を創出する」そして「コロナ禍の際に台湾で活躍したオードリー・タン氏のようなスポーツ分野のスペシャリストを国が養成する体制を整え、国がスポーツ施策の方向性を情熱を持って主導する能力を持つ重要だ」ということ。
今、国にそれができるかと言われたら、いまの国にはその機能もないし、人材も乏しい。「だから民間に任せる」のでなく、だからこそ人材の育成と国の体制づくりを目指すべきだと「勝手にスポーツ大臣」は提言する。
 
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