スポーツライター塾1 小林信也 なぜ文章を学ぶ塾を始めようと思ったか
僕が《スポーツライター塾》を開講した気持ち
スポーツライター塾をもう一度始めようと決めたのは、子どもたちからの進言があったからです。僕はふたりの父親です。長女はかつて開いていたスポーツライター塾の卒業生です。その長女から《作家の学校》をやったらいいよと勧められ、《スポーツライター塾》もなぜやらないの? と訊かれ、改めて考え始めました。
長女の下に長男がいます。姉とタイプは違いますが、ふたりとも厳しい観察眼を持ち、物事の本質を見据える感性は僕以上かもしれません。ふたりは父親である僕をそれほど尊敬していると思いませんが、時々食事中に文章の話を始めると、その時だけは真剣な眼差しで聞いてくれる……。手前味噌ですが、子どもふたりがそれぞれ耳を傾けてくれる僕の「文章の話」「取材の話」はそれなりに独特で、一般に本やネットで語られている情報とは違うのだろうなと。
「文章を熱く語り合える場所があったらいい」
僕が若い時代は、編集者と書き手が「熱く文章を語り合う」光景は日常茶飯事でした。活字業界の人が集まれば、「テーマについて」「文章表現」「取材手法」などについて喧喧囂囂、議論を交わすのが仕事でもあり楽しみでもあった。僕は若い頃一切お酒が飲めなかったので、そういう酒席に加わることは多くありませんでした。けれど、昼間お茶を飲みながらでも延々とそういう話をする編集者や先輩はいくらでもいました。
今はというと、文章を語り合う機会は、僕に関して言えば家族との間でしかありません。雑誌や単行本の担当編集者はいますが、「出来上がった文章がすべて」という感じで、事前の打ち合わせ、事後の反省会などほとんどありません。僕が年齢を重ね、編集者が年下になったせいでしょうか。若い編集者は年上の書き手に物は言いにくいから。いえ時代の流れで「熱く文章を語り合う」みたいな空気が薄れてしまっている。そんな気がします。
「文章」を「スポーツ」を「取材や出会いについて」、熱く語れる場所があってもいいじゃないか。それも、改めて《スポーツライター塾》と《作家の学校》を始めようと決めた理由です。
スポーツの感動は、文字にした瞬間にウソになる!?
僕が主宰する《スポーツライター塾》の方向性は、スポーツ新聞やスポーツ専門誌のイロハとは違うと思います。結果を最優先し、その結果に一喜一憂する、というスタンスで文章を書こうと思っていないからです。
また、スポーツ新聞やテレビのスポーツ中継などは「スポーツは面白い」「楽しい、楽しみだ」「応援しよう」という姿勢を前提にしますが、僕は(僕が想定するスポーツライターは)もう少し広い視野、冷めた視点でスポーツを捉え、スポーツのあり方や未来まで見据えて取材し、表現する。そういう使命を持っていると感じています。
別の言い方をすれば、「スポーツの感動は、文字にした瞬間にウソになる」といった自覚が、あるかないか。騒ぎに乗じて感動すればいい、みんなが騒げればいい、という姿勢がスポーツ分野では一般的ですが、仕掛けられた「熱狂」の裏には意図があり、人々を誘導する作為があったりする。そのこともきちんと見抜いておかないと、犠牲者を生み出すことにもなりかねません。そんな自覚もスポーツライターには必要だと僕は思っています。
かといって、スポーツを批判的に捉えろ、と言いたいのではありません。元々スポーツに魅かれ、スポーツと深く関わり続けてきた。スポーツ愛で生きてきた人間です。だから、スポーツを悪用し、スポーツを矮小化する勢力に屈してはいけない。スポーツはアートです、もっともっと深く豊かな文化に発展してほしいという理想に向かう気持ちを土台にしたいのです。
そんな思いを共有できる次世代の才人たちと出会えたら、うれしいと願っています。
僕の経験や見識、スポーツライターとしての技能は墓場に持って行けない
よく「財産は墓場まで持って行けない」と言われます。70代が目の前に近づいて僕が思うのは、僕が磨き上げてきたスポーツライターとしての見識や技能も墓場に持って行けない、ということです。文字に著すのもひとつの方法ですが、昔から奥義などは「口伝でしか伝えない」という伝統があります。文章ではなく、口伝で、実践をまじえてでなければ伝えきれない核心があるように感じます。僕の持つ知的財産を受け継いでくれる次代の人に出会いたい。だから塾では、僕の見識、知識、経験を惜しむことなくお伝えします。
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