スポーツライター塾の話をします(4) 取材対象とのフェアな関係 小林信也
対象との寄り添い方は様々だ
取材の相手が有名選手の場合、従属的な関係、つまり「頭を下げて取材させてもらう」という雰囲気になりがちだ。僕はまあ、そういうのは居心地が悪い。もちろん、ありがたいことだから、最大限の敬意は払うし、逆にいきがることもしない。
常に心掛けているのは、たとえ相手が超有名人で、僕が取材させてもらうなんて「100年早い」と、その人も周囲も思っているにしても、自分はそんなこと考えない。卑屈にもならず、一方的にペコペコしない、という当たり前のこと。言葉で言うのは簡単だけれど、なかなか出来ないことからもしれない。僕だって若いころは、意気込んで大失敗した経験がある。経験を重ねたから、自然体で取材に向かうことができるようになったのだろう。
取材対象との距離感は、取材でも原稿を書く上でも重要だ
距離感は当然、初対面から取材を重ねるごとに変化する。深まる場合もあるし、離れる場合もある。
こちらの気持ちがどんどん熱くなっていくこともあれば、途中で冷めることだってある。
完全に冷めた場合は、せっかく出版社が決まっていたのに出版に至らない、そういうテーマも過去にはあった。
長く付き合うのは、お互いの相性や敬意が前提だ
打算で付き合える人もいるだろうが、僕は無理だ。単発のインタビュー原稿とか短いコラムなら可能だけれど、単行本のように長い取材期間が必要な場合、打算では堪えきれなくなる。それにだいたい、打算、つまり「お金のため」「実績のため」といった目的で原稿を書く気持ちがない。もしそれを狙ったら、仮にうまく印税がたくさん入ったり、それで名前が売れたりしても、〈小林信也はそういう本を書いた人〉というレッテルが貼られてしまう。そのことはすごく嫌だ。自分で納得できる悪評や批判は別にいい。それが自分だし、それを書くのが小林信也という作家・スポーツライターだというのは誇らしい事実なのだから。
例えば、《カツラーの秘密》を恥ずかしいと思う人がいても、だって僕はいまもカツラーだし、快適なカツラに出会ったことで泥沼から救われたのだから、むしろ大声で叫びたい。YOSHIKIの本(蒼い血の微笑)を書いてそれなりの部数を買っていただいた。それは、印税目当てに書いたわけでなく、長い期間、XそしてYOSHIKIとツアーを一緒に回った旅の過程で、その本を書くことが僕の使命だと感じたからであり、それがYOSHIKIの思いでもあったからだ。そうやって生まれる作品は幸せだ。
エージェントの存在が厄介な理由
前回、『Jリーグが誕生したころから取材環境が変わった』『その頃からエージェントが取材窓口になった』と書いた。そのことがどんな影響を僕らに及ぼしたかといえば、多くのエージェントは、芸術的な観点からマネジメントをしていない。ビジネス的なメリットがあるかどうか、ビジネスバリューを守ること向上させることが自分たちの務めだと信じているから、その選手が持つ芸術的、哲学的な可能性を発信しようとする意欲は薄い場合が大半だ。もちろん、中にはむしろそういった側面こそがその選手の個性・売り物だから、「ぜひそこを表現してください!」と用命を受ける場合もないわけじゃない。でも、選手から直接要望され、選手と僕とが共感し合って「じゃ、本を出しましょうよ」となる場合と違って、エージェントの発注だと結局、その先の目論見は「それで新たなビジネス展開が起こる」という方向性だ。本当はそういう将来ビジョンを持って本を書くのがこれからのプロの書き手には必要なのかもしれなが、僕は完全にそうだとは思えない。芸術家というのは、売れるかどうか、受けるかどうかなど頓着しない。売れる時は売れる、売れない時は売れない、死んでから売れる人もいるし、売れなかったけど実は多くの人を触発していたという作品だってある。
僕には絶対できないやり方がある
それは、徹底して頭を下げ続け、有名な選手や指導者の取材をし続けること。相手が圧倒的に上で、こちらが下という関係。情報をもらう、本を書かせてもらう、「お前、それで伸し上れるだろ」みたいに言う人も過去にはいた。確かにそうかもしれないが、そういう関係は快適じゃないし、そういう言い方をする人を僕は好きではない。売れていないこちらの懐や飢餓感を見透かすようにそんな言い方、いやそんな取引を持ちかけてくる人とは一瞬たりとも一緒に過ごしたくない。もし本当に「伸し上るために」そんな関係を耐え忍ぶなら、そういう卑屈な自分を許せない。たとえ相手が超有名な人であっても、フェアな人間関係は本を書かせてもらう上での必然だ。もちろん、こちらは徹底した敬意を持ち続ける。でも、一方的にもらうだけでなく、取材を続け、本を書くことで何か相手にも大切な閃きや気づき・幸福感を贈ること、それが僕のせめてもの誇りだと思ってこれまでやってきた。
小林信也の本
既刊《天才アスリート 覚醒の瞬間》(さくら舎)
新刊《武術に学ぶスポーツ進化論》~宇城憲治師直伝「調和」の身体論~
(どう出版)
