ルメイへの親授を拒否した昭和天皇。そして、8月14日に起こっていた悲劇。
迂闊にも知らなかった、日本政府のルメイへの叙勲
B29 による大空襲を指示した米軍の司令官カーチス・ルメイに、戦後、日本政府が勲章を与えた。そんな馬鹿げた事実を僕は大石芳野さんに教えられるまで知らなかった。
学校では教えてもらわなかった。普段の会話で、その話題が出ることも60数年生きて来て一度もなかった。
僕はなんと戦争周辺の事実を知らずに生きて来たのか。それが戦後の日本社会、日本の教育の空気だったのだろうか。
調べてみると、別の事実がわかった
勲一等旭日大綬章は天皇陛下から親授される。つまり直接手渡されるのが通例だという。ところが、ルメイは入間基地で浦茂航空幕僚長からこれを授与されている。昭和天皇が親授を拒否されたのだという。そのため勲章とともに授与される天皇の国璽が捺印された勲記(証書)をルメイは持っていない。この事実を知って、せめてもの日本の良心というか、国民の思いに対する昭和天皇のお気持ちを感じ、少し胸の奥が軽くなった。
連合国軍は終戦前日の8月14日まで爆撃を続けた
大石さんはさらに、怒りと悔しさの募る表情でこうも言われた。
「もっと許せないのは、8月15日に昭和天皇が国民に戦争の終結を告げることは米軍もわかっていたのに、8月14日まで爆撃しているのです」
歴史的には諸説あるものの、8月10日未明には、昭和天皇がポツダム宣言受諾の聖断を下されたとされている。それなのに、玉音放送で日本国民がこれを正式に知らされる前日まで、連合国軍は日本人の命を奪い続けたのだ。それが戦争なのだろうが、だとすれば、そんな悲惨な戦争を繰り返したいのか? と改めて問うべきだろう。
8月14日に満州で起こっていた、もっと理不尽で痛恨の悲劇
noteでの連載をSNSでも発信したからだろうか、Facebookに、これまで知らなかった歴史的事件についての書き込みが届いた。
これを読んでいるみなさんは、『葛根廟事件』をご存知だろうか。
恥ずかしながら、僕はまったく知らなかった。急いで検索してみると、1945年8月14日に起こった、紛れもなく本当の出来事だ。この被災者を慰霊する会も毎年行われ、報道もされている。だが、これまで無意識にか、戦争関連の話題に触れることを避けていたのかもしれない僕にとっては恥ずかしながら初めての情報だった。これについては次回お伝えする。(続く)
大石芳野さんと小林信也の対談映像がご覧いただけます!
YouTube小林信也チャンネル「大石芳野・小林信也対談」
スポーツを通じて平和を発信! 大石芳野平和祈念写真展&小林信也トークライブ開催 - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
