家族の話「47年経ってもキミが好き」10 ノド元 過ぎれば 熱さ忘れる 小林信也
馴染のうどん屋さんに向かう時
「今日は辛いものが食べたいなあ」
何気なく呟くと、K子が小鼻を震わせた。
それは僕をバカにした笑いを、押し隠している時の癖だ。
「何? おかしい?」
訊くとK子は言った。
「バカに付けるクスリはない」
そしてケタケタ笑った。
(バカって、僕が?)
言われて少し自問し、すぐ答えが浮かんだ。
(そう言えばこの前……)
そのうどん屋さんに行った時、
「今日は辛いのを食べよう」と勇んで注文し、食べている途中から、
「うへー、美味しいけどすっごく辛い。これ、もう二度と食べない!」
と宣言したのを思い出した。
「本当にノブヤは自分の言ったことすぐ忘れるからね」
言われてみればその通りだ。なぜか同じ失敗を繰り返す。メニューを見て
つい惹かれる料理がある。でも食べたら期待通りじゃなかった、なのに次に行った時、同じように惹かれて頼んでしまうのだ。
「バカにつけるクスリはない」
もう一度K子に言われた時、ちょっと怒りが湧き、反論する手立てを考えた。そして、すぐ僕は〈自分の偉さ〉に気がついた。
(ノド元 過ぎれば 熱さ忘れる)
そう、僕はいい性格だ、嫌なことも失敗も、ノド元過ぎればすぐに忘れてケロッとできる。
(だから……!)
と、すごく重要な事実に気がついて、心の中がパッと明るくなった。でも口に出すのは懸命に押さえた。言いかけて、とどまった。それを言ったら、たぶん、タダじゃすまないから。せっかく春の陽気に包まれてきたのに、我が家に寒気がぶり返してはたまらない。
だから僕は、自分の中に浮かんだジョークを、もう一度胸の中でだけ繰り返し、ひとりで笑って満足した。それはどんなジョークかって?
「僕がそういう性質(たち)だから、K子と楽しくやっていられるんでしょ。K子に何を言われても、ありえない我儘(わがまま)を言われても僕はすぐ忘れちゃうからね」
《ノド元 過ぎれば 熱さ忘れる》
いい性格だ。案外それが48年も楽しく一緒にいられる秘訣かもしれない。
小林信也の本
既刊《天才アスリート 覚醒の瞬間》(さくら舎)
新刊《武術に学ぶスポーツ進化論》~宇城憲治師直伝「調和」の身体論~
(どう出版)
