大の里・能生育ち観戦記(3月場所12) 高安優勝が期待される中で 小林信也
高安は難敵・若元春を突っ張りで攻め切った
高安は、立ち合い、もろ手突きで出たあと、一気呵成の突っ張りで若元春の出足を許さなかった。右、左、右、左……、早いテンポの突っ張りは休むことなく繰り出された。ちょうど20発目、左の突っ張りで若元春がたまらず土俵を割った。
入門から20年分の執念をすべて発揮したかのような突っ張りだった。
これで十一勝二敗。単独首位に立ち、初優勝が現実味を帯びて来た。
これほど多くのファンが心から優勝を願い、熱い思いでエールを送る力士は、いつの誰以来か、思い出せない。どの場所も、優勝力士を応援する声があれば、ライバルを応援する声も当然ある。だが、今場所の高安は、大の里ファンでさえ、高安なら仕方がない、高安には優勝させてあげたい、と思わせる空気を纏っている。
大の里は、関脇・王鵬に敗れ三敗目
先場所ほどの気魄が見られず精彩のない王鵬は、オーソドックスな相撲を取る力士でもあり、戦いやすい相手だと思われた。つまり、大の里が目いっぱい、ガツンと当たって行ける。ところが、大の里の立ち合いには、当たって一気に吹っ飛ばすという迫力はまったくなかった。最初から、土俵中央でぶつかったら、そこで王鵬の受け止めればいい、といった感じ。当然のように土俵の真ん中で勢いは止まった。新入幕直後、親方衆たちをも震撼とさせた出足の鋭さ、稀に見る圧力は影をひそめている。
一度当たったあと、先に突っ張りを出して攻めたのは王鵬だ。その王鵬の攻勢に後ずさった大の里は、また下がりながら首の後ろに手をかけて引き落とそうとした。これがほとんど空振りに終わり、そのまま王鵬に押し込まれ、回りながら土俵を割って、倒れた。
朝青龍や白鵬なら、こんな相撲は取らない
優勝争いの単独首位にいる十三日目に、かつての横綱・朝青龍や白鵬なら、絶対にこんな相撲は取らないだろう。
「優勝はオレのもの」「並んだ以上、賜杯は絶対渡さない」、彼らには、ふてぶてしく、えげつないほどの勝利への執念がみなぎっていた。
大の里には、それが感じられない。
優勝のプレッシャー? とも僕には思えない。
びびったというより、燃えていない、という方が合っているように感じた。
今場所は何が何でも自分が優勝するんだ、という自覚がない。
それを勝負に生きる力士として「どうなのか」と疑問視する声もあるだろう。今場所、しばしば見られる〈下がりながら相手の首を押さえて引き落とす〉一手も〈悪い癖〉なのか、勝つ気がみなぎっていないために出る苦し紛れなのか。あんなの癖だとは思いたくない。
こんなことを言うと甘いと笑われるだろうが、ごく一部の大の里ファンだけが優勝を望み、大半は高安の初優勝を望むこの場所、この流れの中で、えげつなく優勝に爆進できない大の里、いや中村クンが僕は好きだ、という気持ちも心の奥にある。
もう一度目を覚ますか、大の里
今日の敗北で、また大の里が何かに目覚め、火が点き、明日からの相撲が変わる可能性もある。
高安は明日が好調の美ノ海。千秋楽は阿炎か千代翔馬か。いずれも難しい相手。大の里が腰を据え直せば、優勝決定戦もありえる。
僕は、どちらが優勝しても、どちらかが優勝パレートの旗手を務める夢を頭の片隅に描き始めている。
高安は田子の浦部屋。他に関取がいないから、もし優勝すれば旗手は他の部屋から頼むことになる。二所ノ関部屋は同じ二所一門だから、大関・大の里が務めることもありうる。そしてまた、大の里が逆転優勝を飾った場合、高安に旗手を務めてもらえたら……という夢を見る。
大の里には、自分が旗手を務める未来でなく、自分の旗手を高安に務めてもらうのが本来の姿だと、気合を入れ直し、残り二日の土俵に上がってほしいと願う。
それから十両では!
初日から十二連勝の新十両・草野を嘉陽が止めた!
立ち合いから一方的に草野に攻め込まれ、勢いよく押し出された、と思った次の瞬間、嘉陽が徳俵を利用してクルリと回り、草野の後ろにつくと、呆気にとられた草野を送り出した。鮮やかな逆転、草野にとってはまさに落とし穴に落ちた感じの初黒星。これで嘉陽は東二枚目で給金を直し、来場所の新入幕が半歩近づいた。できればあと二つ、最低でも一つは勝ちたい。
《能生仕込み相撲道》小林信也著 新潟日報メディアネット
新刊《武術に学ぶスポーツ進化論》~宇城憲治師直伝「調和」の身体論~
