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大の里・能生育ち観戦記(3月場所8) 危なっかしい今日の相撲は好きだ 小林信也

一山本は、嫌な記憶のある相手
大の里ファンにとって一山本は嫌な相手。悔しい思い出がまだ頭に残っている。もう一昨年になるのか、初土俵から二場所で十両昇進。関取になっていきなり九連勝、一気に大の里への注目がふくらんだ令和五年九月場所十日目。一山本はゆっくりと仕切りに入る大の里が右手を下ろす前に突っかけてきた。行司がすぐ低い声で「まだまだまだ」と叫ぶ中、一山本は構わず前に出て、かなりの勢いで大の里の胸板を両手で下から突き上げた。「待った」と理解し、すっかり丸腰だった大の里は、首が後ろにのけぞるほど衝撃を受けた。プロってのは、何でもありだな……。一筋縄ではいかない大相撲の洗礼を受けた気がした。たとえ「待った」でも気を抜いたらやられる。それでケガをしたら元も子もない。見ていたこちらがかなり気分を害した行為だったから、やられた大の里も内心、穏やかでなかったかもしれない。
仕切り直した直後の相撲、一山本が下から伸ばした左ノド輪で大の里の上体が浮いたところをすかさず右からはたかれた。注文にはまったかのように大の里は土俵に這いつくばった。連勝が九で止まり、最終的に十二勝三敗の大の里は、十三勝を挙げたその一山本に十両優勝も奪われた。
次の場所、一山本は再入幕。大の里は連続十二勝で入幕を果たし、そこからグングン出世する。幕内下位で苦労していた一山本とは、すれ違いみたいな格好で対戦がなかった。直接対決はあれ以来だ。

伯桜鵬ばりのサーカスで大の里が勝った!
土俵際、押し込まれた大の里が左足一本で残る〈サーカス相撲〉で、「危なかったあ」とため息をもらしたファンもいただろう。でも僕は、今日は一度もヒヤリとしなかった。安心して見ていられたと言えば言い過ぎだろうが、一山本の逆襲を受けて勢いよく下がりながら、どこか大の里が相撲をコントロールしている雰囲気を感じた。「大逆転で辛くも勝った」という印象はない。むしろ、昨日感じた「土俵に馴染んできた」との思いが深まった。
大の里がデビューする直前、伯桜鵬が世間の注目を浴び、「令和の怪物」と呼ばれていた。そんな騒ぎを見て、ホンモノの怪物はこれから出てくるよ、と僕はひとり呟いていたのだが、伯桜鵬の相撲は気になって、必ず食い入るように見た。魅力があった。勝つ、強い、からでなく、最後までわからない。そして、負けそうな取り組みを逆転して勝つ強さ、相撲の上手さ、負けを恐れない覚悟というのか、他の力士にない土俵さばきに僕は次第に魅かれた。

勝つか負けるかだけじゃない、相撲の面白さがつまった一番
大の里にはそういう相撲がなかった。勝つか、負けるか。ドラマチックな点では伯桜鵬にファンを惹きつける魅力があると、少し嫉妬めいたものを感じていた。今日は伯桜鵬ばりの土俵際のサーカス相撲を見せてくれた。土俵全体が、大の里の劇場、見事な舞台を見せてもらったような満足感がある。
だが土俵を縦断し、頭から宙を飛んだ一山本の、悔しいそう表情も忘れれられない。次はまたどんな手を繰り出してくるか。今後も一山本の対戦は要注意というか、大の里の成長を映す鏡の一人として注目したい。
今日は大の里が勝ち越しに王手をかけた後、結びの一番で高安が横綱を破った。頼もしい。大の里、高安、美乃海の三人が引き続き一敗で優勝争いの先頭を走る形で後半戦に入る。

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