“天才”ライターの軌跡11 小林信也 現在進行形:大の里大関昇進披露
立錐の余地もない大盛況
昨日、2月11日(祝)、グランドプリンスホテル新高輪「飛天」の間で大の里大関昇進披露が行われた。
開場の1時間以上前からロビーは大勢の参加客でごった返し、予想した以上の賑わいを肌で感じた。
会場に入ると、もう立錐の余地もない。学校の体育館2個分以上もある大きな宴会場が満員電車さながらのギューギュー詰め、自由に移動もできない。挨拶の後、当然のように乾杯。だが、ホテルのスタッフが参加者にグラスを配ることもままならず、大半の参加者が何も持たない右手で乾杯を叫んだ。祝宴が始まり、宴会場の数ヵ所にバイキング料理も出ていたようだが、料理を目撃することさえできず、最初から入手はあきらめた。飲み物さえ手に入らない。不満を言っているのではない。そこまで大盛況とはさすがに想像しなかった。そして、その空間にいることがやはり誇らしく、やや戸惑いながらもうれしい気持ちになるのは当然だった。
中村クンは、僕らとは住む世界の違う「遠い人」になった
もう、僕らが気軽に話しかけられる「中村クン」ではなくなった。
大関にはこれだけの動員力がある。中でも大の里の人気は格別だという声も聞かれた。少し前に開催されたもうひとりの新大関の披露宴参加者は1,100人だったという。大の里、そして二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)の人脈と人望の賜物なのだろう。
二所ノ関部屋の前田マネジャーに聞いたら、「2000人くらいいるでしょう」という。
なにしろ、知らない人ばっかりだ。
つい1年くらい前まで、中村君に会う機会があれば、彼の周りには知った顔ばかりが揃っていた。でももう、知った顔は隅っこで静かにしている。舞台の上に上がるのは、大相撲に入ってからの後援者、応援者、協会関係者や部屋の関係者がほとんどだ。それが大関という地位なのだ。
親方衆や関取たち、お馴染みの顔があちらこちらに見えたが、一般の参加者たちは大半が知らない人ばかり。この日、飛天の間に集まったのは「大関」「大相撲」「元横綱」「二所ノ関親方」といった、相撲の大看板が引き寄せた、我々にとって初見の人たち。彼らにすれば我々こそが新参者で、昔から相撲界を支援後援してきた方々との違いをなんだかはっきりと思い知らされた。大関に昇進した大の里はもうすっかり、僕らが暮らしている世界とは別次元の人になったことをまざまざと見せつけられた。
初めて会って8年で「期待」を「現実」にしてくれた
大の里になった中村泰輝君に初めて会ったのは、彼が高校2年生の春。ホテルニューオータニ長岡の小さなパーティー会場だった。ヨネックス財団の米山稔賞を海洋高校相撲部が受賞した。中村君は5人の選手の中のひとりだった。そこで初めて言葉をかわし、僕は内心ときめきを覚えた。相撲人気が低迷していると言われて久しい。日本人横綱が滅多に誕生しない。強い日本人横綱が待望される中、中村君はその願いを叶えてくれる存在だと直感した。しかも、話してみると聡明で、気持ちのいい若者だった。このような人材が相撲界のトップに立ってくれたら、相撲は変わる。単に中村君の出世を夢見たというより、中村君が引っ張って新しい価値を発信してくれる相撲界の変化と隆盛に期待がふくらんだ。
それからずっと、インターハイや国体、インカレ、全日本選手権など、行ける限りは応援に出かけた。会場ではいつも、中村君のお父さん、お母さんと一緒になった。勝った日もあれば、負けた日もある。なかなか相撲は厳しい。トーナメントはさらに難しい。いくつ心臓があっても足りない気持ちにかられた。
そうやって応援し続け、7年後には大相撲で幕内最高優勝を果たし、大関に昇進した。中村君は夢への階段を着実に昇り続けている。そして〈天才ライター〉の僕は、またひとりの天才との旅を一喜一憂しながら楽しませてもらっている。
Real-Sports コラム「新関脇として大関昇進を目指す、大の里の素顔」
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「作家の学校」HP
