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需給が崩れるのは、だいたいパズルのピースが隠れたとき

また、お仕事のはなしを。

・需給は「パズル」だという前提

需給の仕事で一番怖いのは、判断を間違えることより、 間違えそうだと気づいた人がいたのに、誰にも言えなかったことだと思う。需給対応って、結果が出るまで正解は見えない。 うまい結果が出ても、その前にした対応が本当に「ベスト」だったのかがわからない。ピース(情報・制約・時間)は毎回違うし、しかも途中で形が変わる。 だから需給は作業じゃなくて、思考が必要なゲームだとうのが持論。

今回はパズルと断じているけど、その時々で気にする観点は様々。 シミュレーションなのか、アクションなのか、 ローグライクなのか、落ちゲーなのか、 その局面ごとにゲーム要素は違う。だから、人によって、需給対応の局面局面の得手不得手があるよね。 (ちなみに私は緻密なシミュレーションが苦手で、全部ざっくり計算です)

・パズルが壊れる瞬間
自分はいつも正しい判断ができる、とは正直思っていない。 だからこそ、早めに修正できる余地を残したい。判断が遅れるのは、本当はリスクが見えているのに言えないとき。その原因って、「間違えたら怒られる」「変なこと聞けない」空気だと思う。この時点で、パズルは難易度が上がるというより、 ピースがそのものが隠される。 ピースが隠されたら、完成なんかしない。そういう意味で、何を言っても大丈夫という安心感は必要だと思っている。

・安心、優しいってなに?
「安心できる」「優しい」っていうのは、 ぬるい、甘い、指摘しないことではないと思っている。それは、組織にも、人にもやさしくない状態だと思っている。


・心理的安全性を「需給の言葉」に翻訳する

もし、なにか違和感を感じたとき、 その初期段階の兆候は、うまくロジカルに言い表せないことが多い。

最初からロジカルに説明できなくてもいい。 「なんか嫌な感じがする」 「ちょっと引っかかる」 くらいで十分だと思っている。そんな段階で共有できると、 崩れの初期段階で補正が間に合う(かもしれない)。これは、悪いニュースを早くに受け取るためにも必要だと思う。何かの制約があったとしても、 前もって「心配ごと」を言い出してもらう。 そういった積み重ねで、組み上げるパズルの全貌が見えてくる。
あと、コトが終わった後の失敗の言語化について。 フラットに反省できること、 フラットに再発防止について語れること。経験をきちんと学習するサイクルと、完全に重なるんだよね。


・心理的安全性がないと起きる「最悪の需給」
ー誰も責任を取りたくない 
ー判断が後ろ倒しになる  
ー数字だけが独り歩きする  
必要な生産調整や追加注文が遅れたりして、結果として在庫も欠品も、両方増える。これは感情論じゃなく、構造の話だと思っている。

・じゃあどうしようか?
「前提が違ってました」 「前提が変わりました」という声、これは、早ければ早いほどいい。むしろ、前提が変わったのに修正できない方が危ない。
全員が何でも言える必要はない。 でも、「言っても大丈夫な場所」は必要だと思っている。たとえば、定例会やチャットで 「前提が変わったかもしれません」と言える余地があるか。それを言った人が怒られず、周りから感謝されるか。この雰囲気をつくるには、褒め合う文化を醸成することを意識したいと思っている(悪いニュースに:報告ナイス♪って言わないと)。
あとは、カッコつけないこと。完璧な人が相手だと、下手なことをいうのが怖い。この人少しおバカそう、軽そうな人へはそういうハードルが無い(完璧な人になんてそうそうなれない、負け惜しみあるよ)。完璧なシミュレーション、 ベストな判断より、 早い修正を大事にしたい。この辺りは、 「無事に次へ進む」というローグライク思考と、 相性がいいと思っている。


・パズルを解くのは、人
需給は、ロジックの積み上げが基礎となる。 でも、そのロジックを出すのも、修正するのも人。心理的安全性は、単なる「優しさ」ではなく、 パズルを最後まで解ききるための道具だと思っている。

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