作文を書けなかった子供のころ
世の中には、文章を書くことに苦労するというか、苦痛を感じる人がいるのですね。しかもそれは少数派ではなく、大なり小なりそう感じるのが普通、という認識すら一般的らしいです。少し意外に思いました。
しかし、仕事で日常的に読み書きする今でこそ、「1,000字程度でいいなら水を飲むくらいのテンションで書けますけど」なんてうそぶいていますが、果たして生まれつき好きなように文章を操っていたのだろうかと疑問に思うと同時に、簡単に思い出してしまいました。
小学校の頃、とくに低学年の時分は、間違いなく作文の時間が苦痛だったのです。
原稿用紙一枚どころか、冒頭一マスを空けて「ぼくは、」と書いてそのまま国語の授業を終えることもザラ、1枚400字も満たせば「一応の書いた感」が出るんでそれを目指すものの、これがまあ果てしなく感じたものです。
書きたい何かもないまま、なるべく改行して文字数を稼いだり、会話を使うとスペースが捗るので多用したりと、あの手この手のやっつけ仕事で「書く」という苦行を回避しようとしていました。
後に原稿用紙の使い方を習うことで禁じ手になりますけど、句点(。)の一つで一行を消化しようと躍起になって文字合わせなんかもしていたのです。
小学校高学年、中学校二年まで上がっても、まだ作文が得意になった記憶がありません。ただ、小学校三年生くらいからは本を読むのが好きで、ほかの子供の数倍は読んでいたと思います。
その勢いでずっと、中学生のうちは人三倍のペースで小説やエッセイを読んでいました。椎名誠さんのエッセイがとくに好きでしたね。中学二年で読んだ「ナマコもいつか月を見る」、このエッセイで椎名さんにハマったのですよ。
そうこうしているうちに中学三年生です。部活動も満了する6月末になると、高校受験の模擬試験が始まり、国語のテストの最後には決まって200字のテーマ作文がありました。配点が12点ということまではっきりと憶えています。
これが同級生には鬼門の風潮で語られがちでした。曰く、書けんと。
私は逆に200文字に収めるのが大変で苦労していました。構成の基本は起承転結なんて言いますから、毎回律義に200字できちんとオチにもっていけるように腐心していましたね。
これに比べるとこういったエッセイ(?)は気楽です。文字数制限がありませんし、「転」で終わってもなんとなく着地しているように見えますので。
ところで、これくらい書くとだいたい1,000字になります。
他の文章話もあります。
