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病室の窓は、何のためにあるのか

その話を聞いたとき、私は病室の窓を想像した。

ベッドに横たわった人が、最初に見るもの。

天井なのか。

壁なのか。

それとも、窓の向こうなのか。

ある建築家が、病院の設計を依頼された。

彼は図面を引く前に、まず病院を歩いた。

廊下を歩き、病室を覗き、ナースステーションに立った。

白い壁。

白い天井。

白い寝具。

消毒液の匂い。

蛍光灯の均一な光。

そこは清潔で、機能的で、病院として正しい場所に見えた。

 
けれど、彼には何かが足りないように感じられた。

医療に必要なものは揃っている。

なのに、人が長く過ごす場所として、大切な何かが抜けている。

 
その答えを探すために、彼は患者のそばに座った。

病気のことではなく、病室で何を感じているのかを聞いた。

すると、何人かの人が同じ言葉を口にした。

「外が見たい」

 
それは、ただ空が見たいという意味ではなかった。

人が歩いている。

車が通る。

バスが止まり、誰かが降りてくる。

自転車が横断歩道を渡る。

街が、自分のいない場所でも、いつも通り続いている。

 
見たかったのは、風景ではなかった。

世界の気配だった。

 
病室から見える世界

ベッドに横たわると、世界は驚くほど小さくなる。

天井。

壁。

カーテン。

点滴のスタンド。

そして窓があれば、その向こうに切り取られた空。

 
空は美しい。

けれど、空だけでは足りないことがある。

 
人は、人の気配を必要としている。

誰かが歩いている。

誰かが働いている。

誰かが帰っていく。

自分はそこにいなくても、世界が続いていることを感じたい。

 
それは贅沢な願いではない。

人が人として生きるための、ごく自然な欲求なのだと思う。

 
大きな窓の問題

建築家が考えた答えは、最初は単純だった。

窓を大きくすればいい。

 
ベッドに横たわったままでも、外の世界が見える窓。

空だけではなく、人の歩く姿まで見える窓。

 
窓は、ただ光を入れる穴ではなくなる。

外の世界とつながる場所になる。

 
しかし、そこで問題が生まれた。

光だった。

 
窓を大きくすれば、外はよく見える。

けれど、同時に強い光も入ってくる。

健康な人には心地よい明るさでも、体を自由に動かせない人には負担になることがある。

 
眩しい。

暑い。

眠れない。

 
外を見るための窓が、人を苦しめることもある。

 
では、どうすればいいのか。

 
光は遮り、視線は通す

建築家が見つけた答えの1つが、庇だった。

窓の上から張り出した、小さな屋根。

 
庇は、強い日差しを遮る。

けれど、外を見る視線までは遮らない。

 
光は遮り、視線は通す。

 
この考え方は単純に見える。

けれど、そこには深い人間理解がある。

 
人は光を必要としている。

朝の光。

昼の明るさ。

夕方の色。

それらは、時間を感じるための手がかりになる。

 
しかし、強すぎる光は、人を疲れさせる。

特に、自分で場所を変えられない人にとって、逃げ場のない光は苦痛になる。

 
だから、建築が先に考える。

何を入れるのか。

何を遮るのか。

何を見せるのか。

何から守るのか。

 
庇は、その静かな答えだった。

 
軒の記憶

その話を聞いたとき、私は日本家屋の軒を思い出した。

 
深い軒。

床に近い障子。

庭と室内の間にある縁側。

 
日本の家には、昔から外と内を分けすぎない工夫があった。

 
強い日差しは遮る。

けれど、庭の緑や、道を歩く人の気配は届く。

 
障子は光を柔らかくする。

縁側は、外でも内でもない場所を作る。

 
もちろん、病院と住宅は違う。

安全も、衛生も、医療機能も必要になる。

昔の知恵を、そのまま移せばよいわけではない。

 
それでも、同じ方向を向いているように見える。

 
強すぎるものは遮る。

けれど、つながりは残す。

 
人を守る。

けれど、閉じ込めない。

 
良い設計とは何か

良い設計とは、目新しい形を作ることだけではない。

 
新しい技術も必要だ。

新しい素材も必要だ。

新しい仕組みも必要だ。

 
けれど、最後に向き合う相手は、いつも人間なのだと思う。

 
ベッドに横たわる人の視線。

歩ける人とは違う高さ。

疲れた身体が受け取る光。

不安な心が求める距離。

 
同じ窓でも、見る人によって意味は変わる。

 
だから設計とは、形を考える前に、人を見ることなのかもしれない。

 
病室の窓の向こうには、今日も誰かが歩いている。

車が通る。

雨が降る。

夕方になれば、どこかの家に明かりが灯る。

 
その何気ない景色が、病室にいる人に「まだ世界とつながっている」と伝える。

 
窓とは、壁に開いた穴ではない。

 
世界との間に置かれた、静かな接点なのだと思う。

 
開くこと。

守ること。

つなぐこと。

包むこと。

良い窓とは、外を見るためだけのものなのだろうか。

それとも、

まだ世界の中にいることを感じるためのものなのだろうか。


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