ワーホリが私に教えてくれたこと|20歳の視点 【英語 / 人生 / 仕事 / 日本】
私は2024年5月から12月までの約半年間、ワーキングホリデービザを利用してニュージーランドに滞在した。(エージェント無し)
「お金を貯めながら楽しい生活ができる」
「外国人の友達ができる」
「英語力が伸びた」
なんて言葉を聞いて飛び込んだニュージーランド生活。しかし現実は甘くなかった。
慣れない海外生活の中、仕事探しに苦戦。さらには住まいを転々とする日々。これサバイバル番組になるんじゃないかと思う瞬間も多々あった。

(2024.5/25.16:50)
ただしこの期間、自然豊かなニュージーランドで仕事をしたり、旅をしたり、いい出会いがあったり─── 最後の10代にふさわしい充実した日々を送ることができたのは確かだ。
そんなワーホリ生活の中で私が得たもの感じたことを、率直に書いていこうと思う。
→筆者はこんな人
外から見た日本
「日本は終わっている」
「政治は腐敗しているし、税金は高くなる一方」
「自己防衛のために海外移住をしたほうがいい」
SNSではこのような、日本に対する悲観的な言葉が飛び交っている。確かに、海外に住みたいときに住むことができるような選択肢があるに越したことはない。
海外移住をした方がいい、というのは簡単だ。しかし問題は住み始めてから顕在化してくるものだ。

日常の中で幅広い年齢層のニュージーランド人や、移民の人々とニュージーランドについて話をした。そこでは意外にも、日本と変わらない愚痴が聞こえることが多かったのだ。
「仕事を毎日苦労してやっている自分たちが多額の税金を支払い、仕事をしていない人間が得をしている」
「政治家は終わっている。彼らが不況を招いた」
「物価は上がるばかりで生活は苦しい」
挙げ出したらキリがない。
海外移住で大切なのはどこを妥協できるかだと思う。その面では私はやはり日本が肌に合っている。
それは、日本最高!とまでは言わないが、やっぱり日本っていい国だ...としみじみ思うことが増えたからだ。日本で当たり前だったことが、海外ではまったく当たり前ではない。ふらっと寄れるコンビニ、お手頃価格で楽しめる飲食チェーン店、時間通りにくる公共交通機関。
そして何より、日本食の偉大さに気づかされた。ニュージーランドのスーパーで売っている寿司なるものを食べたとき、これは…おにぎり?と脳が混乱した。
文化の違いは当然だけれど、肌で感じるとありがたみを強く感じる。
英語力
ワーホリで「ホリデー」だけ楽しむなら別に英語力はそこまでなくてもいい。でも現地で仕事をしながら生活するとなると、英会話力は必須。
英語が足を引っ張って仕事が決まらない知人を何人も見た。かくいう自分も出発前にオンライン英会話+対面レッスンで準備していたものの、現地のネイティブスピードの英語に最初はついていくのに必死だった。

ただ海外で生活しているだけで、能動的に英語に触れていかなければ英語はなかなか伸びない。例として、シェアハウスで出会ったある日本人の方は、10年以上ニュージーランドに住んでいるとのことだったが、ルームメイトとの英会話は簡単な単語ばかりで文章はあまり言えていなかった。
彼女曰く、仕事で決まったフレーズを言うだけで、生活の大半は日本人コミュニティに属しているとのことだった。
もしワーホリに行く目的のひとつが英語力の向上であるならば、積極的に行動しよう。それは日頃から英語のポッドキャストを聞くでもいいし、シェアハウスのルームメイトと他愛のない会話をするのでもいい。
結局なるようなる
最初は仕事が見つからず、このままでは餓死して日本に強制送還か…?と毎日不安だった。でも毎日履歴書を配り歩いたり、メールやウェブサイトから大量に応募をして面接をこなしたらいつの間にか仕事を手に入れることができた。
精神面が崩壊しかけて仕事も家も手放したクライストチャーチ時代も、最終的にはウェリントンで仕事と家を見つけ何事もなかったかのように落ち着いた。
「意外となんとかなる」ってこういうことかと身をもって実感。行動さえすれば道は開ける。
人生観の変化
海外へ出る前までは、「高校→大学→就職→結婚→安定」みたいなルートが普通だと思っていた。でもニュージーランドで出会った人々を見て、「生き方って無限にあるんだな」と実感。
みんな違って、みんないい。日本では「普通じゃない」と思われる生き方が世界では全然普通だったりする。そんな話を聞くたびに視野が広がり、固定観念がぶっ壊れていった。

迷ったら飛び込むんだ
正直、ワーホリに行くと決めたとき、めちゃくちゃ迷った。「周りはみんな大学生なのに、自分はこんなことしてて大丈夫か?」と焦燥感に駆られたことが何度もあった。
でも半年を終えて振り返ると、あの時ニュージーランドに飛び込んだ過去の自分にとても感謝している。結果論ではあるが、ここまで書いたような多くの学びを得ることができたのだ。
もし行かなかったら、一生「もしあの時…」と悶々としていただろう。
これからも迷ったら挑戦。なぜなら、意外となんとかなるのだから。
