Germe(ジェルム)

Germeはフランス語で新芽という意味があり、植物が二酸化炭素を吸収して酸素を出すように、小さな声を吸収して社会にメッセージとして届けるという役割があります。植物が地球上の生命に不可欠な役割を果たすように、Germeもまた、個人の声が社会の進歩に貢献する重要な人と社会の架け橋的な役割を果たします。

Germeの目的
この世界の中にある「生きづらさ」を、一つひとつ、なくしていくことです。

あなたの感情が、社会を育てる。
あなたの思いが、世界の温度を変える。
もし今、あなたが
生きづらさを感じているのなら。
それは、あなたが弱いからではありません。
あなたが悪いからでも、
間違っているからでもありません。
それは、この社会に、まだあなたの感情を受け止める場所が足りないだけです。
だから私たちは、Germeをつくりました。
Germeは、
「がんばって話さなくてもいい」
「うまく言えなくてもいい」
「そのままでもいい」
そんな場所からはじまる、アートのかたちです。

なぜ生きづらさをなくすのか?
答えはシンプルです。
生きづらさがある限り、誰かの可能性が黙って潰されてしまうからです。それを見過ごす社会は必然的に希望を持てない人を生み出してしまいます。

なぜ Germe を届けるのか
見えない痛みは、いつも私たちの隣にあるからです。
朝、改札を抜ける一群の足音。
そのリズムに、心臓疾患を抱えた人の息切れが重なっているかもしれません。
昼休みの賑わいの裏で、摂食障害と向き合う社員が、「一緒にランチへ行こう」という誘いを笑顔で断る理由を探しているかもしれません。
夜、家路を急ぐ車椅子の青年が、駅前の段差だけを気にして遠回りをしているかもしれません。
私たちは、ほとんどの場合、その事実に気づきません。
聞こえない悲鳴、届かないたより。
痛みは音を立てずに沈み、やがて社会は「見えないものを、ないものにする」習慣を身につけます。
でも生きづらさは誰にでも不意に訪れるものです。
例えば、障害は生まれつきのものだけではありません。
病気は本人の努力では防げないことがあります。
孤立は関係の希薄化と共に誰にでも忍び寄ります。
これは一例にすぎませんが、
このような可能性を実感するとき、
「生きづらさ」は他者の問題だけではなく、
未来の自分自身を守る問いへと反転します。

気づきがなければ
変化は始まらない
社会課題が“課題”と呼ばれる段階には
二つの壁があると思います。
ひとつ目は「見えない壁」。
もうひとつは「見えた後に、どう動くかという壁」。Germe が焦点を当てるのは、
まず第一の壁――不可視性――です。
痛みに色を与え、声を与え、形を与え、
見えるものに変換された瞬間、
人はそれを無視できなくなります。

私たちの信念
気づけば、変えられる。
気づかなければ、変えられない。
このためにGerme は存在しています。

具体的方法
➀企業が贈る
貴社が「共感できる生きづらさ」を選び、そのテーマに取り組む団体や当事者へ Germe を贈呈 します。贈り物は、制作費用・対話の時間・場の提供――かたちは多様。
参加企業募集
➁当事者が咲かせる
受け取った当事者は、日常の思いや視点を 花びらアート とやメッセージ に変換。
参加団体募集
➂社会が受け取る
完成した作品と言葉は、展示会・ニュースペーパー・snsなどで公開。
観る/読む/触れる体験を通じて、無関心は共感へ、偏見は理解へ、疑問は行動へと変わります。
この三つが閉じずに循環することで、“痛み→問い→対話→変化” の連鎖が継続します。

花びらアート
このプログラムでは、参加者一人ひとりが、
自分の内側にある感情や気づき、願い、問いかけを、
小さな花びらの形に自由に表現していただきます。
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色彩は感情を喚起し、
形状は記憶に残り、
数は多声性を示します。
そして、アートだけでは届かない領域を、言葉が補います。手書きの文字には、自然とオリジナル性が宿ります。
それは当事者の呼吸が宿るということです。


ニュースペーパー
展示会が「点」の体験だとすれば、ニュースペーパーは「線」です。折りたたんで鞄に入れ、家で開き、家族と語り合うきっかけに、壁に貼れ誰かが読む、ティッシュの包装に転写されれば、さらに遠くへ旅をします。
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展示会
対話を可視化する場
展示会は、目新しい作品を“見るため”の場ではありません。ここで起きるのは、社会の中にあったのに、これまで見えていなかった「生きづらさ」に出会う体験です。


詳細
「気づかれなかった痛み」は、どれほど誠実に生きようとしても、どれほど努力を重ねても、たったひとつの無理解によって、未来ごと消されてしまうことが現実に、私たちが知らない所で起きています。私たちがつくってきた社会の中で、「がんばれなかった人」や「言葉にできなかった人」は、いつも“いないもの”にされてきました。
しかし改めて考えてみると、それはいつ自分に訪れるかわかないことではないでしょうか?
治らない怪我を負う、病気になる、歳をとる。
痛みが取れない体になる、あるいは、理由もわからないまま、人と話すことが怖くなるなど、だから私たちは、Germeを作りました。それは、人が生きていくために、最低限必要な構造として今の社会には必要なことだと思ったからです。
誰かの生きづらさを見て、「他人ごとじゃない」と思うことができる国民性が高まることで、生きづらさがない社会に近づくことができます。私たちは、Germeを通してその感覚が、あたりまえの感覚になるように、育んでいきたいと思っています。


お問い合わせ
Germe 事務局
E-mail : socialartoida@gmail.com








