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【元・未経験エンジニア】短期離職までの道のり|逃げるは恥じゃないしすごく役に立つ

こちらの記事の続編です。
なんだか文字に起こしてみると、頭がすっきりする&急に客観視できるようになることに驚いています。(笑)

今回は、「私のエンジニアとしての4か月、実際どうだったのか」について
書いていこうと思います。
もし、今同じように新人エンジニアで頑張ってはいるけど毎日しんどい方、
未経験でエンジニアを目指していてやる気に満ち溢れている方、
エンジニアじゃないけど仕事がしんどい方等々、
参考にしていただければ幸いです。


私の4か月、どう過ぎていったのか

1か月目:初日から鳴り響いた「危険センサー」

入社前、私は「未経験からでも、頑張る姿を見せて、必死に食らいついていけば生き残れる」という言葉を信じていました。
しかし、その期待は入社後数日にして、音を立てて崩れ去ることになります。

私の会社の基本ルールはこうでした。

  • 入社後3か月間は試用期間

  • 試用期間中は原則、毎日出社(本採用後は週4リモート可)

  • 新人1人に対し、先輩社員1人が「サポート役」として付く

「よし、まずは出社して、先輩の隣で仕事を覚えよう」 そう意気込んでいた私を待っていたのは、「誰もいないフロア」でした。

孤独MAXのスタート

驚いたことに、サポート役であるはずの先輩社員が、そもそも出社してこないのです。 しかも、その理由が「本気で言ってる?」というようなふざけたものも多々。
「今日は風が強いので」といったものから、果ては「オーロラを見ようとして変な時間に寝たら寝不足で」という「本気で言ってる?」と耳を疑うような理由まで。
要するに、先輩はほぼフルリモ、私は毎日出社。

周りを見渡しても、他の社員もほとんどがリモートのため、誰が誰だかさっぱり分かりません。新入社員の私に話しかけてくれる人など一人もいない。 静まり返ったオフィスで、ひとりポツンと座る。
「私、何のためにここに来てるんだろう?」
初日から、私の中の「辞めたい」センサーが小さく、でも確実に反応し始めました。

2021年で止まった世界

「自習してください」と渡された研修資料を開いて、さらに絶句しました。 最終更新日は、2021年

IT業界の3年は、一般社会の10年に相当すると言われるほど変化が激しい世界です。
当然、書いてあるリンクはことごとくリンク切れ。
共有フォルダにあるはずのファイルは跡形もなく消えている。
極め付けは、開発環境のセットアップです。
「バージョンが古すぎて、今のPCにはインストールすらできない」という詰み状態。

勇気を出して、チャットの向こうの先輩や上司に聞いてみました。

私:「資料のファイルが見当たらないのですが……」
先輩:「あれ、おかしいなあ。私(数年前)の時はあったんだけど……(自分の時の古いファイルを探し始める)」
上司:「あ、俺はそもそもその研修受けたことないんすよね(笑)」

この人たちは、新人が何に困っていて、何が必要なのかを全くアップデートしていない。その事実に、寒気すら覚えました。

もっと驚くべきは、先輩社員の対応。
「私はコロナ禍に入社したから、もっと人がいなかったな~。正直羨ましいです」
「のんぢさんは、どんな先輩に教わりたいとかありますか?もし私では頼りなかったら、○○さん(上司)に言って変えてもらってください」
質問には答えないくせに、聞いてもいない嫌味のような話はたくさんしてくれました。

突然の「テスト要員」アサイン

孤独の中で、自力でエラーを解決し、AIに聞きながらなんとか研修を形にしていった1週間目。 突然、一通の連絡が入ります。
「のんぢさん、テスト要員としてお手伝いをお願いします」

研修も終わっていない段階での急なアサインでしたが、正直「この孤独から救われるなら」と、少しホッとした自分もいました。
幸い、このプロジェクトのプロジェクトリーダーはまともな方で、実務について、会社について、いろいろと教えてもらえました。

結局、3週間のテスト業務を経て、入社1か月が経った頃にようやく研修を完了。 この時の私は、まだ自分に言い聞かせていました。
「最初はどこもこんなもんだよね。これから、きっと良くなるはず」

ですが、本当の地獄はここから始まったのです。

2~3か月目:期待は裏切られ、私は「透明人間」になった

研修を終えた私に待っていたのは、教育ではなく
「放置」と「無謀な丸投げ」でした。

「設計書を見ておいて」とだけ言われ、リンクを一つ渡される。
右も左もわからない私が「何を見ればいいですか?」と聞いても、返ってくるのは抽象的な言葉ばかり。

先輩:「わかんなくていいから、とりあえず見てて」
上司:「開発者が見てわかるかどうかが観点です」

現場の温度感も、設計の目的も教えてもらえない。
私は一人、AIに質問しながらノートを埋める日々を過ごしました。

「サポートする」という嘘

そんな中、上司から「大手企業の大型案件の要件定義に入れ」と指示されます。 開発経験ゼロ、ITの世界に入ってわずか1か月の私に、最上流工程。
不安で固まる私に、上司は優しく言いました。
「大丈夫、簡単な資料作成のサポートから。私も全力でサポートしますから」

その言葉を信じた私が馬鹿でした。
蓋を開けてみれば、サポートどころか「1から全部自分で考えて作れ」という丸投げ。
参考資料もフォーマットもなく、期限だけは「明日まで」とバグっている。 肝心の上司は「別件で忙しい」と捕まらず、私へのサポートは皆無でした。

さらに辛かったのは、会議の時間です。
PL級のベテラン勢が、私の知らない過去の炎上話やディープな技術論で盛り上がる中、私は一言も発せない。 誰も私のことを見ていない。いてもいなくても変わらない。
「私は、ここにいるのに透明人間なんだ」
自分なりに必死に食らいつき、案件をやり遂げた時に得た教訓は、技術ではなく「舵を取れないマネージャーほど有害なものはない」という冷めた確信だけでした。

4か月目:Teamsの「緑色」を維持するだけの仕事

年明け、案件が一段落すると、私のタスクは完全に「ゼロ」になりました。 たまに降ってくるのは、文言の一括置換のような5分で終わる作業。

「手すきです。何かありますか?」と上司にボールを投げても、無視。
1日に何度も「仕事をください」と言うのも惨めで、一人で勉強を始めました。
でも、仕事がないのに会社に行くのは、恥ずかしくて、苦しくて、たまらない。

在宅勤務の日、私はTeamsのステータスが「離席」にならないよう、マウスを動かし続けるだけのマシンになりました。
「緑色のステータスを維持すること」が、私の唯一の仕事。
情けなくて、AIに人生相談をしたり、ネットで同じような境遇の人の話を検索してはひどく落ち込む毎日でした。

適応障害の発症:私を壊した「隠ぺい」と「全否定」

そんな放置状態から一転、今度は複数のマネージャーから急にタスクを押し付けられるようになります。
「直属の上司から聞いてるでしょ?」と言われるけれど、私は何も聞いていない。
当の上司に聞けば、「あ、今から話せますか?」と悪びれもせず、
背景も目的も不明な指示を飛ばしてくる。

そんな余裕のない日々の中、1日おきに行われるようになった上司との1on1が、私の心を完全に粉砕しました。

「工数隠ぺい」の強要と過去の否定

ある日のミーティング、上司はヘラヘラと笑いながら、信じられないことを口にしました。

「のんぢさん、申請してもらった工数の調整をしてほしいんだよね」

私が正直に申請した工数表に対し、「教育(自習)」の時間が多すぎると言うのです。

「ちょっと会社的に都合が悪いというか。ほら、稼働できる人が余ってるってことになっちゃうから(笑)」

耳を疑いました。 タスクがないから自主学習をすると伝え、それを承諾したのは、紛れもなく目の前で笑っているこの上司です。
何度も「手すきです」と報告したのを無視し続けたのも、この上司です。

自分のマネジメント不足を棚に上げて、部下に嘘の報告を強要する。
それは、会社を騙す「隠ぺい工作」に私を巻き込むということでした。

上司は続けて、
「どんどんコミュニケーション取って、進めちゃっていいですよ」
「わからないことがあればためずに相談してください、そのほうがのんぢさんのためにもなると思います」
「私もコミュニケーションは拙いほうですが、やってたら慣れます」
「あとこれからは、タスクがなくなりそうになったら言ってください」

まるで、私がコミュニケーションをとっていなかったかのような言いぐさ。
「お前のコミュ力が足りねえんだよ」と言われたように感じました。

決定的だった「毒の一言」

さらに追い打ちをかけるように、上司はこう言いました。
「論理的に考える癖をつけてほしい。数学は得意だった?」

苦手でした、と答えると「論理的=数学的思考だからね」と一言。
そして、自分の学生時代の数学の成績を語りだす始末。

教育もせず、放置し、隠ぺいを強要した挙げ句、最後には「君はエンジニアに向いていない」と突き放されたような気がしました。
この4か月間の私の必死な努力が、すべて音を立てて崩れ落ちました。

そして、海外での経験を積んだ私。
外国語を極めて、翻訳者という仕事を経験した私。
「数学」とは正反対の位置にいたけれど、必死に頑張ってきた私を、
すべて否定された気持ちになりました。

「あ~…あは、は……。そうですよね、皆さん数学得意そうですよね……」

必死で何事もなかったかのように返事をしましたが、頭の中はぐちゃぐちゃでした。カメラがオフで良かった。
両目からぼたぼたと涙があふれて止まりませんでした。

AIが教えてくれた「限界」

ミーティングが終わり、自分のタスクに戻ろうとしましたが、もう限界でした。
涙が止まらない。頭が割れるように痛い。
画面に映る文字が読めない。
手が震え、呼吸が苦しい。

思考が回らない頭で、私はAIに今の状況を打ち込みました。
(この「AIに相談する」というのも今思えばかなり異常だったと思います)

「一刻も早く早退の連絡を入れて休んでください。
あなたの体は全力でSOSを出しています」

その冷淡なはずの機械の言葉で、一気に崖っぷちに立たされたような、
悲しみ、不安、絶望が押し寄せてきました。

「あ、また私、うつ病になったんだ」

そこからは、記憶が断片的です。上司に早退を告げ、冷たい手で心療内科を予約し、ただ布団の中で泣き続けていました。

崩壊した組織のなかで

振り返れば、その組織は最初から壊れていました。

  • マネージャーが自分のタスクで手一杯

  • 精神論ばかりでタスク管理は壊滅的

  • 会議の時間も守らず、メンションも飛ばさずリンクだけ貼る無神経さ

  • 設立十数年の「ベンチャー企業」という免罪符

「(仮)」と書かれた予定を信じて待っていたら、知らないうちに別のツールで会議が始まっていて、私が「無断欠席」したことにされている。
しかもそれを誰も伝えてくれない。
そんな小さな絶望の積み重ねが、私の限界を超えました。

逃げるは恥じゃないし、すごく役に立つ

「4か月で辞めるなんて絶対にだめだ。」
「経験が少ないからできることが少ないのは当たり前なんだ」
「せめて、数か月後のボーナスまで耐えなければ」

自分に呪いをかけるように、そう思っていました。

でも、朝起きれない。PCを開くのが怖い。
毎日情緒不安定で、頭がガンガン痛む。

「適応障害」という診断名がついたときでさえ、
「え…本当に休んでいいの?」「違うんじゃない…?」
「どうせ私の性格のせいでしょ…?」と自分を疑いました。
そんな私に、先生は念を押すように言いました。
「仕事のこと、将来のこと、何も考えずにとにかく休んでね。
なーんにもしなくていい。今のあなたは、そういうことを考えられる状態じゃないんだよ」

その言葉で、やっと我に返った気がします。

「自分を攻撃する自分」になる前に

短期離職。履歴書には傷がつくかもしれません。
でも、あのまま「透明人間」として心を殺し続けていたら、
私は二度と立ち上がれなかったと思います。

逃げることは、自分を救うという立派な戦略です。
もし今、同じように「自分が無能だから辛いんだ」と自分を責めている人がいたら、全力で伝えたいです。
それはあなたのせいじゃない。その環境が、異常なだけです。
何でも自分のせいにしなくていい、どんどん他責していけ!!

おかしい環境にいると、周りがどんどん見えなくなっていきます。
どんどん自分しか見えなくなっていきます。
その自分さえ、攻撃をしてくるようになります。
動けるうちに、逃げましょう。
大丈夫です、数か月で辞めたくらいで死にゃ~しません。
それよりも、限界を迎えてから動こうとするほうが何倍も辛く、リアルに死にそうになります。

そもそも、「自分を攻撃する自分」に変えてしまう謎の力がある組織がおかしいのです。本当に。

前にも書きましたが、自分の直感というのは大体当たっています。
私もそうですが、まじめで、人の目も気になって、評価も気になる人こそ、
「自分の直感」を信じてみてほしいのです。
自分の直感は磨いていけますが、おかしい組織は自分の力じゃどうにもなりません。
というか、組織を変えてやるなんて思わなくていいんです。
だって会社なんて、「よく知らない人間のやりたいことを手伝うことでお金をもらえる場所」なんですから、組織を変えるなんていうのは、我々がするべきことではないんです。

早く逃げるが勝ち。
会社なんかより、組織なんかより、何億倍も大事なのは自分です。

もし今リアルタイムで悩んでいるなら、今日でも明日でも、休みを取ってください。
思う存分寝るもよし、普段仕事をしている時間に街に繰り出すもよし、
大好きなもの、おいしいものを食べるもよしです。
ありきたりですが、天気が良ければ、少しだけでいいので太陽の光を浴びるのがおすすめです。
私も半信半疑でしたが、効果あります。
なんだか少しスッキリします。

1日じゃ足りなければ、もう1日。
大丈夫です。
そこで何か言われたとしても、その組織が「無能である」という確信を持って、辞める決断を固める材料にすればいいだけです。

あなたは十分頑張りました。頑張りすぎているくらいです。
もう一度言います。
大丈夫。数か月で辞めたくらいで、死にゃ~しません。
誰かにそのことを突っ込まれるのが怖いですか?
大丈夫です。
そういうことを無神経に突っ込んでくる人間のほうが人の痛みを知らないヤバいやつです。

私のこの4か月の記録が、誰かの「逃げる勇気」に繋がれば幸いです。

ということで、今回は最後なんだか熱くなってしまいました。
私の体験をすべて収めたわけではないですが、
何かしらの参考になったり、自分だけじゃなかったんだ、こういうこともあるんだ、と思ってくれたらうれしいです。

では。


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