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『いいな』と思うなら、やってみろ

私は
あの人はいいな
と思うならお前もやってみろ

をモットーに生きている

例えば
次男の無痛分娩
変な知識も邪魔して
もともと無痛分娩は
自分が選択することにはあまり肯定的でなかった

長女と長男を普通分娩で産んで
暫くしてから会った友達が
「痛いの無理だから無痛にした〜」
と言っていた

なんか…いいな(羨望ではなく妬む方のいいな)
と思っちゃったんだよね

これは完全に私の個人的なトラウマだけど
長女の出産はそらそらもう…

全然切迫とかじゃなくて
産まれる前にお腹の中で突然死 
みたいな感じだから
もちろん全く子宮口開いてないところに
器具やら拡張剤やら風船やらグイグイ突っ込んで
むりくり開いて
娘もまだ早産時期とはいえ
今の医療なら外に出てもほぼ確実に生きられる程大きいし
でも陣痛が始まる条件が整ってないから
促進剤MAXで吐くわ子宮破裂は怖いわ
開始から3日目にやっと会えた

今思えばあの時こそ無痛を選択するべきだった
でもその時は
早ければきっと助かったのに自分が殺したんだ
という思いも強く、
娘を死ぬまで苦しめておいて
自分も死ぬほど苦しまなきゃいけない、と
もちろん無痛なんて選択肢はなかった


初産だし尚更だった。心も体もずたずただった。

それなのに、
その時は一緒に乗り越えたはずの娘が
骨壺に入ってる(納骨はしません)

クッソ幼稚な考えだけど、
大切な我が子とのこれからのために
あんな痛み苦しみに耐えられるはずなのに
私はそれをしてももういなくなっちゃった
長男が産まれてきてくれたからって、長女が帰ってくる訳じゃない
痛いの嫌だから無痛〜で
生きた子を抱ける人もいる
…いいな

って感じたの

頭では
あの苦痛を避けることと子どもが無事に生まれることは別の話
って分かってるけど
「あの人はいいな」 
と妬ましく思ったんだわ

(自分が不運だと感じると、
うまくいってる人の表面・一部分だけ見て
『うまくいってる人は運がいい』
『なんで私ばっかり…』って思うのよ。
私みたいな一部のマイノリティが陥りがちな悪いところ〜)


でも
その人間らしくも醜いものと向き合ったところ
『私にだってその選択は出来たじゃん』
『選ばなかったのは自分じゃん』

(『胎動…?と思ったあの夜、すぐ救急飛び込めなかったの私じゃん…』※これは一生目を背けたい)
と思った



で、次男出産の時、よく考えた。


選択するのは自分。

色んなリスクがあるから躊躇するとしても
じゃあその可能性と他のことを天秤にかけて
どちらかを選び、どちらかを選ばないのは自分。


悩みながら
いっぱい、いっぱい、調べた
もちろん1番は子が安全に産まれること。
エビデンス、エビデンス、と医学論文もいっぱい読んだ
(私がいいなと思ったその友人だってきっと、子の安全を1番に思いながら沢山悩んだんだろう。)

その結果でもあり、
頼れる親戚もない中長男あり状態での出産なので
仕方なく計画分娩にせざるを得なかったことも
相まって

無痛を選択した
(計画分娩だから、誘発始めて子宮口5.6cmまで開いた後好きなタイミングで硬膜外麻酔してもらえる体制を選んだ)

あの人はいいな と思うなら
自分がそれやってみろ
 をやってみた
※結果はここで書いても仕方ないけど、結局粘りに粘りすぎて笑える結果となったがw


いつもの如く
話が長くなってきた…ハァ
でももう一つ




働き方についてもそうだ
子育て中の開業を考えて動いてるのも
この考えから。

自営の奥さんの、
色んなことを自由自在に選び取れるところを見て
いいな〜と思った
(自身じゃなくて奥さんだけどw)


ただ全ていいなと思った訳ではない

やってからでないと分かり得ない部分も含めて
大変な部分はめちゃくちゃ多いとは思いながらも

頼り先がない3人子育て中の身だからこそ
自分の突き詰めたいことを頑張りながら
自分の理想に近づけられる部分もありそう
=自営いいな と思う部分がある


いいなと思うなら
やってみろ

ってことで
牛歩ながら歩き始めている



末っ子自宅保育中で制約はたしかにある
外に出る必要があることは
多忙夫がいるせっかくの家族時間にしか動けない

今そこを少し犠牲にしてでも。
笑顔で応援してくれる夫への申し訳なさを抱えながらも。
今動くことで
未来の自分・未来の家族時間・子どもたち
にメリットがあると考えて動くのは
自分の選択



私の友人が挑戦しているもの、
頑張って得たものに対して、
「あの人はいいね」っていうリアクションした人がいた
そういう人って、できるのに。
そうでない選択をするだけなのに。
何も考えず「あの人はいいね」って言う

自分もそうしたいと思ったところで
どうしたってできないことだってある

別にそれならそれで全然いいと思う
仕方ないじゃん?
当然、人によって事情は違う。

ワンオペ育児中
介護がある
時間がない
お金がない
家庭の事情
怖い…
いろんな「できない」がある

だから
できないこと自体は全然悪くない。当然だ。
誰もそれを咎めることなんてないし
誰も気にしてない

私も、出来ないこと・やらない選択をすること
ばっかり

でも
「私は今はそれを選ばない」
「私にはできない」
「私はそこまで犠牲を払ってまで欲しくない」
という選択を自分でしてるんだ。

その代わりに他人が払ったものまで
「恵まれてるから」で片付けるのは違う


他人の努力や勇気や色んな犠牲を
やらない、やれない、
どっちにしろ何もやらない外側の人間が
やった人の結果だけを見て
『あの人は恵まれてていいね』は
やった人に対して失礼だ

できないにも色んな理由があるけど
そういう環境なのも
やらないメリットを取るのも
出来ないと決めるのも
結局は自分の選択なんだから


出来ないなら、やらないなら、
やれない中でも
自分の人生・選択を大事にしていたら、
『頑張っててすごいな』
『かっこいいね』
『憧れる』
そういうリアクションになるはず

一番引っかかるのは
「羨ましい」と「軽く扱う」の境界だろう


その人が「恵まれている」のかもしれない部分だけを切り取って
その人が自分で選んだこと
努力したこと
諦めたこと
怖くても踏み出したことを
存在しなかったことにしてしまう
から

だから
あの人はいいねというメンタルなら
やってみろと思う


「やれ」という話ではなく、
やらない方をとるなら、やった人の結果を
“棚ぼた”みたいに評価するな

そしてやってみる過程、やった先にしか
「あの人はいいな」の『あの人側』は分からない

自分軸で生きたければ
『人と比べないようにする』
ではなく
『根本的に「他人の結果を軽く扱わない」』
ことだと思う

生きやすくなるよ

………………………………………………………
最後まで読んでいただき
ありがとうございました!

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