藤井聡太竜王・名人を破って王座挑戦を決めた広瀬章人九段に「Mリーガーの資質」が備わっていると思う理由
Mリーグの全試合を生配信するABEMA(旧AbemaTV)。筆者が最も視聴するジャンルはそんなMリーグを含む麻雀関連のものだが、2番目に多く視聴するものは何かと言われれば、将棋になる。
将棋に特別、詳しいわけではないが、それでもつい見てしまう。
ABEMAでは現在、将棋界8大タイトルのうち、王将戦を除く7つのタイトル戦を放送している(王将戦もPPVでは視聴可能)。タイトル戦の番勝負を筆頭に、その挑戦者を決める対局や棋士編入試験など、話題の棋士が絡む重要な対局はほぼ漏れなく配信してくれている。そんな印象だ。
だが、ABEMAの将棋チャンネルを語る上でいまや欠かすことができないのは、オリジナル番組の「ABEMAトーナメント」になる。
この「ABEMAトーナメント」。いわゆる非公式戦ながら、素人の目から見ても十分楽しめる。藤井聡太竜王・名人を筆頭に、羽生善治九段といったスーパースターからプロになりたての新四段まで。その顔ぶれはまさに彩り溢れている。プロ棋士たちがチームを組んで争うこの団体戦が、現在の将棋人気に一役も二役も買っていることは間違いない。
この文章を書いている現時点で予選が終了した「ABEMA地域トーナメント2026」は、先述の「ABEMAトーナメント」と、2024年と2025年に行われた「ABEMA地域対抗戦」とをいい感じにミックスさせたものになる。それぞれの大会を足して2で割ったようなものと言ってもいい。
そして、これがまた面白いのだ。エンタメ度はかつてより少なくとも2割くらい増した。そんな印象を抱く。
今大会から導入された「先手番入札制度」がまず見応えがある。普段の対局では見られない、まるでポーカーのような心理戦をトップ棋士同士で見られることがひとつ。
そしてもう一点。みんながあまり言っていないようなので、あえて言わせてもらえば、以前より改良されたと思うのは、解説と聞き手、だ。従来とはその趣向が大きく変わったことに、大会の当初から筆者の目は惹きつけられていた。
従来の対局はテレビで放送されるNHK杯がそうであるように、聞き手には必ず女性(女流棋士)がついていた。それが、この地域トーナメントになってから、全ての試合において聞き手側にも男性(棋士)がつく光景に変わった。タイトル戦などでも目にする“ダブル解説”的なスタイルに、パッと見はなった。
だがよく見ると、対局の模様を伝える2人の役割は微妙に違った。実際はダブル解説というより、「解説」と「その補佐」という感じになる。「補佐」を言い換えると、「実況」という言葉が最も似合っているように筆者には見えた。
対局の様子を伝えながら解説者に要所で話を振る実況者と、その質問や問いかけに答える専門家(解説者)。そのスタイルを見ながら即、想起したのはMリーグになる。
これまでの将棋界のスタンダードなスタイル、その解説(棋士)と聞き手(女流棋士)の関係は、なんというか、どこか滑らかさに欠けた。もちろん全てがそうではないが、両者の間には目には見えない“壁”のようなものが少なからず見て取れた。
棋士と女流棋士では、実力的にも立場的にも棋士の方が何倍も上。ゆえに、お互いにどこか“遠慮”が見え隠れした。男性と女性ということもあるが、少なくとも解説-聞き手間で弾けるような喋りっぷりを聞く機会は少なかった。同じ麻雀プロ同士のMリーグのような掛け合いを、将棋の対局で目にすることは少なかった。
それが、同じ棋士同士の2人体制に変化したことで、対局の模様を伝える「実況-解説」がこれまでに比べ格段に面白くなった。特に解説者。聞き手が女流棋士から棋士に変わったことで、余計な気を使うことなく喋ることができるようになった。まさに「水を得た魚」と化した。そうした様子がどの解説者からも手に取るように伝わってきた。
まるでMリーグを彷彿させるかのような両者の掛け合い。その関係がこれまでより数段滑らかになったのは、解説者の力量だけではもちろんない。
ここで筆者の目に止まったのは、聞き手側の棋士の存在になる。麻雀の対局に置き換えれば「実況役」。今回の地域トーナメントで聞き手役(実況役)を務めた棋士は次の通り。
伊藤真吾六段、藤森哲也六段、豊川孝弘七段、戸辺誠七段、村中秀史七段
このメンバーたちの特徴をひと言でまとめるなら、総じて「喋りが上手い」ことだ。基本的に饒舌。選手として“向こう側”に選ばれる機会は少ないが、こうしたお祭り的な企画には欠かせない「将棋界の盛り上げ役」。あえていうならそんな感じの立ち位置になる。
上記のおしゃべり好きの棋士たちとコンビを組んだメイン解説の棋士たちは、実際とても活き活きとしていた。なかでも特に印象に残るコンビを挙げるなら、予選Aリーグ敗者復活戦 TDIルシーグ横浜対中部トライキングスの試合を担当した、戸部誠七段と佐藤紳哉七段のコンビになる。
この戸辺七段と佐藤紳哉七段の掛け合いは、実際とても聞き応えがあった。そのなかで最も盛り上がったのは、第6局の服部慎一郎七段(中部)対斎藤明日斗六段(横浜)戦。後手の斎藤六段が62手目に放った「6五角」は、この予選で筆者が目にしたあらゆる場面のなかで最も湧いたシーンになる。実況-解説陣が、「最もMリーグっぽく見えた」シーンと言い換えてもいい。
斎藤六段が打った6五角の好手。そこで画面に映し出されたこの対局を見守る両チームの控え室の様子もこれまた印象的だった。喜ぶ横浜と、相手の好手に驚く中部。こうした普段の公式戦では見られない棋士たちの喜怒哀楽もこの大会の醍醐味になる。
控え室の様子、対局前後のインタビューや挨拶、さらにはバラエティ豊かなチーム動画等々、この企画でしか見られない棋士たちの立ち振る舞いも、筆者がこの「ABEMAトーナメント」に目を凝らす大きな理由に他ならない。
藤井竜王・名人や羽生九段といった超有名人も注目と言えば注目だが、こうした企画で筆者の目に眩しく見えるのは、むしろそうではない人。もう少し詳しく言えば、“お笑い的なセンスのある人”だ。今大会の「実況-解説陣」に目が止まった理由ともそれは深く関わっている。先述の戸辺七段-佐藤紳七段の次に面白かったのは伊藤真吾六段と佐々木慎七段のコンビになるが、それはともかく、選手として出場した棋士のなかにもユーモアに優れたセンスを発揮した人は何人もいた。
広瀬章人九段(北海道・東北バルペックス)、佐藤康光九段、山崎隆之九段(ともにKOYOHDノース・トラッズ神戸)、阿久津主税八段(ルシーグ横浜)。この辺りが個人的にユーモアのあるいいコメントやリアクションを残したと思う棋士たちになる。
今大会は出場できなかったが、過去にABEMAトーナメントに何度も出場している渡辺明九段も、この手の話題を語るときには外せない人物になる。タイトル獲得通算31期(史上5位)を誇る強者でありながら、将棋界でも1,2を争うトーク力、話術を持つ。この人がもし今回参加していれば、おそらくさらにもう数パーセント、大会は面白くなっていたに違いない。
その他で話術に優れた棋士として名前を挙げたくなるのは、竜王獲得3期を誇る藤井猛九段。ABEMAの解説でもお馴染みのベテラン棋士だ。そして馴染みのある存在で言えばBEAST Xに所属するMリーガー、鈴木大介九段も忘れるわけにはいかない。この人も将棋界のなかではかなりのおしゃべり好き。サービス精神は旺盛だ。プロ雀士との二刀流という立場になりながらも、いまなお将棋の解説やイベントにせっせと顔を出すそのバイタリティには恐れ入る。また近いうち、こうしたABEMAの将棋企画でその姿を筆者は見てみたい。
「喋りが面白い」と思う棋士たちについてここまで何人か触れてきたが、そんな中でもまさにいまこの瞬間、触れたくなるのは、やはり広瀬章人九段だろう。先日(8月5日)の王座戦挑戦者決定戦で藤井竜王・名人を破り見事挑戦権を獲得。自身4年ぶりとなるタイトル戦出場を決めた、言わずと知れたトップ棋士の1人だ。
先述の地域トーナメントでは北海道・東北チームの一員として出場。予選通過はならなかったが、広瀬九段のコメント力は相変わらず光っていた。その話の面白さ、お笑いセンスに優れた棋士であることはこちらも十分知っていたつもりだった。しかし、そんな人物がタイトル戦に出るとなれば、そのイメージはそれこそ急激に上昇する。伊藤匠二冠(叡王、王座)には申し訳ないが、筆者は広瀬九段を無性に応援したくなる。
筆者が広瀬九段に食指が動く理由はもう一つある。それは、彼が麻雀にも造詣が深いことだ。
「Mリーグも見ている」とは本人の弁だが、広瀬九段はかつて麻雀最強戦にも出場経験のある歴とした麻雀打ちの1人。現在の将棋界で麻雀と言えば先述の鈴木九段がいの一番に来るが、あえて筆者の願望を言えば、広瀬九段にも「鈴木大介」になれる可能性は十分あると思う。
端的に言えば、Mリーガーの素質が彼には十分ある。もしかしたら鈴木九段以上にーー。
現在52歳の鈴木九段に対して、広瀬九段は現在39歳。今季からC級1組に降級した鈴木九段に対して、広瀬九段はこの度タイトル挑戦も決めたバリバリのA級棋士だ。過去にはタイトル獲得経験も2回ある(王位、竜王)。鈴木九段もかつてはA級に在籍した経験があるとは言え、少なくとも棋士としての実績は広瀬九段の方が断然上だ。そして繰り返すが、現時点ではタイトルにも挑戦するトップ棋士の一角である。39歳とはいえ、この先、まだあと数年はこの位置をキープすると考えるのが自然だろう。
広瀬九段が将棋界で「これ以上、階段を昇ることは難しい」と、自ら判断するのは果たしていつになるか。5年後か、それとも10年後か。それはわからないが、もしその時が来れば、筆者はプロ雀士になることをできれば彼にオススメしたい。そして、あわよくばMリーガーに選ばれて欲しい。その喋りのセンスは将棋界はもちろん、麻雀界でも十分通用する。筆者は強くそう思う。
鈴木大介九段、広瀬章人九段、香川愛生女流四段、井出隼平五段。もし10年後にこんなチームがMリーグに誕生すれば、将棋界、麻雀界ともにさらに盛り上がること間違いない。夢物語だけど、どこかで何かしらの形で見てみたい。そんなこんなを思いながら、僕は広瀬九段の記者会見を眺めていた。
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