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メディアが報じないウクライナ戦争の裏側④ ~ドンバス戦争とミンスク合意~

【前回③の内容】

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2014年2月、東部ドンバス地方(ドネツク州ルハンスク州)でも、ロシア系ウクライナ住民による親欧米政権の誕生に反対する抗議デモ・武装蜂起・反乱活動が発生した。

ウクライナ東部ドンバス地方(ドネツク州・ルハンスク州)

1.ドンバス地方ロシア系住民の反乱

2014年4月、ドネツク州では、親ロシア派勢力が「ドネツク州がロシア連邦に加盟するべきかどうかを問う住民投票を、遅くとも2014年5月11日までに実施する」と発表した。

ドネツク州の親ロシア派勢力指導者 パベル・グバレフ

同時期、ルハンスク州議会は、新政府指導部に対して「地方言語の廃止案に強く抗議し、ロシア語を公用語として認めるよう」に要求する決議を採択した。
また併せて、ロシア系ウクライナ国民の排除を主張する過激な民族主義者による極右政党を禁止するよう、ウクライナ政府に要請した。

ルハンスクの親ロシア派勢力は、保安庁の地方本部ビルを占拠して「5月11日にルハンシク州がロシア連邦に加盟するべきかどうかを問う住民投票を実施するよう」に求め、もし新政府が要求に応じなければ「ドネツク州と連携して反乱を起こす」という声明を出している。

2.ドンバス戦争の勃発

2014年5月11日、ドネツク州とルハンスク州において、ドンバス地域の独立の是非を問う住民投票が実施され、両州とも賛成多数という結果になった。

ウクライナ新政府や欧米各国はこの選挙は「偽物」であり、結果は「無効」であると非難したが、この選挙の結果をもって、ドネツクはドネツク人民共和国(DPR:Donetsk People's Republic)として、ルハンスクはルハンスク人民共和国(LPR:Luhansk People's Republic)として、それぞれウクライナからの独立を宣言した。

ドネツク人民共和国 アレクサンドル・ザハルチェンコ首長
ルハンシク人民共和国 ヴァレリー・ボロトフ首相

このドンバス地方の反乱行為に対し、ウクライナ暫定政府は「対テロ特殊部隊(アルファ部隊)」を動員して、本格的な軍事作戦(ATO)を開始した。

これによりドネツク州・ルハンスク州では、ウクライナ政府と親ロシア派勢力とが本格的な内戦状態(ドンバス戦争)に突入することとなった。

ウクライナ保安庁指揮下の対テロ特殊部隊(アルファ部隊)

3.ミンスク合意

このドンバス戦争に対して、ロシアと欧州諸国、アメリカも反応した。

2014年8月22日、米国ランド研究所は「ロシアが人道支援という大義名分の下、ウクライナ政府の許可なしに国境を越えてドンバス地域に侵入した」と報告書を出している。
そして、このロシアによる越境行為に対し、ウクライナ政府やアメリカ、欧州諸国は「ロシアによるステルス侵略である」と強く非難している。

2014年9月5日、ドンバス戦争の長期化・泥沼化を避けるために欧州安全保障協力機構(OSCE)が調停に立ち、ウクライナ・ロシア・DPR・LPRの4者の間で「ミンスク議定書」が署名調印されることとなった。

ミンスク議定書は、即時停戦・武装解除・ドネツクとルハンスク両州の自治拡大を定めた覚書であったが、ウクライナ政府と反政府勢力は互いにたびたび停戦違反を繰り返して武力衝突を起こしたため、2015年1月までにこの停戦協定は完全に崩壊してしまった。

翌年2015年2月11日、今度はフランスのオランド大統領とドイツのメルケル首相 の仲介の下、ウクライナとロシアの間で新たな停戦合意(通称:ミンスク2)が締結されることとなった。

左からベラルーシ・ロシア・ドイツ・フランス・ウクライナの各首脳

ミンスク2が締結されたことで、ウクライナの内戦(ドンバス戦争)は一旦停戦を迎えて、表面上は紛争が落ち着いたように見えたが、実態は停戦とはほど遠いものだった。

【⑤に続く】

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