武智倫太郎にほめられたら、謙遜せずに受け取ろう!
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:note王・武智倫太郎先生が野呂を記事にしてくださった。汗顔の至りと恐縮するのじゃなくて、ありがたくいただこう。しょせんはあなたのことを一番良く知っているのは、あなた以外の他人なのだ。
数じゃないという真実
noteで図抜けた異才を放っている天才といえば、武智倫太郎先生。
その武智先生が、わたしめの特集を組んでくださっています。
フォロワーの数など微々たる貧弱な、ただ少し毎日書いているだけのnoteをこんなにも評価、厚遇いただいて、正直感激しました。
武智先生は常日頃、noteは数ではない、共感だ、ということをおっしゃっていますよね。
つまり見てくださる読者の数を誇るのではなく、ましてやフォロバナンタラやらを駆使して、見た目の数を増やそうなどは論外で、ひたすらいい記事を書き続けることだ、と喝破しています。
そうすれば、本当の価値をわかる人の目に止まり、拡散され、やがて陽の目をみる、というのです。
いえいえ、今回のわたしのケースがそれに当たるなどとは、思ってもないのですが、いや、そう思いましょう!
noteバンザイ!
正直、note界で格別な価値のある記事を書き、お人柄も高潔な人物から褒められれば、喜びはひとしおです。
文は人なり、まさに一読してその知性と品格が伝わってくる賢人に、認められたと舞い上がって、いい気になっております。
日本では「いやいやわたしなんて)と、称賛を受け取らないケースが多いのは、謙譲の美徳というものでしょう。
しかし、ほめられたらそれを謹んでいただかないと、成長しないんじゃないか、と思うんです。
もとよりほめられることなど人生でほとんどないのですが、今回はまたじっくりと、記事を読み直して「自分のよいところ)と向き合ってみたいと思います。
類は友を呼ぶのか
武智先生は僕のことを「似ている)とおっしゃってくださっています。
経営学者・野呂一郎教授の説明は、空手や合気道といった武道や棒術、さらにはプロレスやオカルトまで自在に行き来する。そのうえ、日本語よりも英語の方が得意という特性まで備えている。これらは私との共通点であり
note人口が1000万人を超えたこのnote界で、このようにお互いの記事を見つけ、交流を持てることは、案外奇跡的なことではないでしょうか。
しかし、これが縁というものかもしれませんね。
類友、類は友を呼ぶの法則は一般世間でも、電脳空間でも同じように通じるのでしょうか。
僕が笑ってしまったのは、BI砲(プロレス用語で馬場のBと猪木のIをくっつけて、馬場・猪木のタッグチームのこと)のくだりです。
日本の経営者は、このBIの段階ですでにデータとインフォメーションの区別を見失っているのだ。野呂教授なら、BIの説明となるや否や『BI砲』の話に脱線してしまうことは火を見るより明らかである。
他人のほうがあなたをよく知っている
このBI砲のくだり、おもわず笑ってしまったあとに「待てよ?」と恐ろしさに凍りついたのです。
「この方は、野呂よりも野呂をよくご存知なのではないか?」という恐怖にも似た感情です。
noteに棲む僕のドッペルゲンガーが、武智先生にのり移っているのかも、です。
noteの好意的なコメントにあなたがいる
今回感激とともに、一つの仮説を得ました。
それは、「他人のほうがあなたのことをよりよく理解しているかもしれない」ということです。
それはじつは「かもしれない」ではおわらないのです。
その他人がコメント欄で、あなたを励ましたり、あなたに気がつかせたり、あなたの長所を指摘したり、してあなたの本質をあぶりだしているのです。
道に迷ったら、noteコメント欄を見返すといいと思います。
類友のあなたのファンの指摘をもう一度、見返してみましょう。
道に迷ってなくても、新しいもっとあなたらしい生き方のヒントが、そこにあるはずです。
野呂 一郎
清和大学教授
