【創作大賞2025エンタメ原作部門】リビング・ブレインEXTRA②
あらすじ
RUJの開発したリビング・ブレインシステムが実用化前にメトロポリス国際万博2050の目玉のひとつとして展示されることが決まった。しかし用意していた修復済みの透の機体が脱走。万博の開会式が始まるまであと数時間しかない。真木は瀬名に警察から警備犬を派遣させ、フィーアの自宅に向かわせる。一方でフィーアは会社に1日休みをとり、グラウが戻ってくるのを待っていた。2人だけで静かな時間を過ごすはずのところに警備犬が乱入し、フィーアはグラウを地下の研究室に逃すが……。
EXTRA「万博の日 中編」
食卓のテーブルには湯気のたつグラウがリクエストした料理の数々が並んだ。フィーアが家事をする姿は今までほとんど見たことがなかったが、キッチンに立ち手際よく調理をしていく様子はとにかく珍しかった。
《……さあ、冷めないうちに召し上がれ》
フィーアはグラウの目の前に焼きあがったばかりのプレッツェルののった皿を置くと自分の席に引き返して座り、黒いマグカップに淹れた濃いめのブラックコーヒーを啜る。
『い、いただき……ます』
グラウは両手を合わせて食事の前の挨拶をしてから目の前に置かれた皿からアイスバインとカリーヴルストを適当な大きさに切り分け、フォークを使って取り皿に持っていくとそっと口に運ぶ。
『…………おいしい』
グラウの口から思わずつぶやきがこぼれる。アイスバインのハーブと一緒にじっくり煮こまれた豚のすね肉はほろほろと柔らかく、付け合わせられたキャベツのザワークラウトとマッシュポテトも絶品だ。カリーヴルストのほうは輪切りの大きめのソーセージにカレー粉だけのシンプルな味付けなのに、辛さは程よくつい手が出てしまう。
《それは良かった。まだ余ってるから沢山食べるといい。おかわりはいるかね》
グラウが首を勢いよく縦に振る。フィーアは少し微笑み、取り皿を持って奥のキッチンに向かう。残りをよそって食卓に戻ると、玄関のほうで物音がした。
『フィーア、誰か来たみたいだよ。僕が出る?』
《…………いや、来客の予定はないはずだ。RUJには今日1日休むと言ってある》
『……え?じゃあ誰が来たの』
フィーアには誰が訪ねてきたのかすでに予想がついていた。グラウに向き直ると急いで地下の研究室に隠れるように指示する。
『で、でも……フィーアは?僕と一緒じゃないの』
《我儘を言うなグラウ。大丈夫だ、すぐに行く。お前の脳を取り出して、その機体をRUJに返すまでは死ぬわけにはいかない》
怯える表情のグラウを安心させるようにようにフィーアが笑った。グラウには無理をしているのが分かってしまう。だから離れたくはなかった。今そばから離れてしまったら永遠に帰ってこない気がした。頭をなでられている手を掴むとじわりと涙があふれてきた。それが例え本物の涙でないとしても悲しかった。
『フィーア……僕とずっと、一緒にいるって、約束したのに……!』
《ああ、確かに言ったな》
フィーアはグラウを抱きしめ《よしよし》とあやすように囁く。その間にも予定にない来客たちの足音が近づいてきていた。フィーアとグラウのいる部屋のドアが外側から乱暴に蹴破られた。舞った埃の中から真っ白な3匹の犬が姿を現す。はめられた首輪に警察のマークを認めたフィーアの表情が途端に険しくなった。
《早く行け。研究室のドアは必ずロックするように》
フィーアはそう言ってグラウの背中を地下に続いているドアのほうへ強く押す。グラウは頷くと小走りに近づいて素早くドアを開け中へ飛びこむ。
『今のは公務執行の妨害……とみなしてもよろしいでしょうかフィーア博士』
《……構わんよ。警察の警備犬というから一体どんな恐ろしい猛犬が来るのかと思っていたが、こんなに愛らしいとは予想外でしたな》
フィーアがそう言うと後ろのほうに控えたサモエドとシェパードが威嚇するように低く唸る。
『最初はもっと違うデザインだったんですよ。ただ……怖すぎるとか威圧感がありすぎるとかいろいろとメトロポリス市民の方々からのご意見があった結果、こうなったのです』
《なるほど。それは大変ですなあ》
柴犬が話しながら一歩前に出る。後の2匹もならってフィーアとの距離をゆっくりと詰めだす。数分も経たないうちにぐるりと周りを取り囲んでしまった。ほんの少しでも動けば襲ってきそうだ。フィーアの動きに合わせてぴったりとついてくる。
『……フィーア博士、我々とまずはメトロポリス国際万博の会場までご同行願えますか』
《なぜ万博の会場へ?今ここで私を逮捕をすればいいではないですか》
『これはRUJの真木友彦様からの直接のご依頼です。修復済みの小松透様の機体を盗んだ理由をぜひお聞かせ願いたい……と』
フィーアが短く苦笑するとサモエドとシェパードが顔を近づけ、フィーアの左右の手首に口に咥えた白い金属でできたブレスレットのような輪をはめる。
輪がはまった瞬間にフィーアの手が重石でも乗せられたかのようにずん、と急激に重くなった。突然のことでフィーアは手首のあたりに痛みを感じつつも床に向けてだらりと腕をたらす。そうでもしないと重力に負けそうでとても立っていられない。
『手荒な真似をして申し訳ありません……規則ですので。会場までこの手錠をはめていってください』
《……着いたらこれは解除してくれるのかね?》
『基本は承諾しかねますが時と場合に応じては』
《なるほど》
警備犬の言葉にフィーアは当分この手錠は解除されないだろうと思った。罪を犯しているのだから当然か。
『さっき地下室に向かわせたグラウ様も呼び戻してください。あなたと一緒でなければなりません』
《分かった。すぐに呼んでくる》
フィーアが頷くと警備犬たちが下がって包囲を緩めた。フィーアは特殊な手錠をはめた手でなんとか地下室に続くドアをこじ開け、螺旋階段を下りだす。その後から警備犬たちが監視のため遅れてついてくる。地下の研究室のドアの前に立ち生体認証をするにも手錠が邪魔するせいで時間がかかった。グラウは指示したとおりに入口をロックしていた。フィーアの認証でドアが開くと凍えるような冷気が中から吹きつけた。
『え……フィーア。なんでこっちに来たの?』
《すまないなグラウ。今から万博の会場まで私と一緒についてきてはくれないかね。真木博士に……謝らなくてはなるまい》
グラウは部屋の隅のほうで膝をかかえて大人しくしていたが、フィーアと警備犬たちに気づくとあわてて立ち上がった。
『で、でも』
《……襲われたくなかったら抵抗はするな。見た目こそ可愛いが彼らは警察がよこした警備犬だ》
フィーアがグラウに近づいて小声で耳打ちする。両手首にはまった白い輪と顔を歪めた苦しそうな表情に気づき、手を貸そうとすると《触るな。小型だが重力発生装置だ、お前も影響を受ける》と言って拒む。グラウが手首の輪をスキャンすると確かにフィーアの体全体に過度な重力がかかっていた。
『開会式まで時間がありません。グラウ様失礼します』
グラウの背中をサモエドが早く出ろというように鼻面で強く押した。そのまま口でスーツの袖を軽く噛まれ、研究室の入口まで引っぱられていく。続けて螺旋階段前まで来るとシェパードが振り返る。
『フィーア博士、顔色があまり良くないですが大丈夫ですか?』
《ああ。手首がとにかく……痛い以外はね》
フィーアは歯を食いしばって手錠が発する重力に耐えていた。1歩歩くごとに体が小刻みに震えている。グラウが自分が背負って行くと願い出ると柴犬から渋々許可が出た。移動を優先させるため手錠の重力は一時的に遮断されたのでこれでグラウの脳にも透の機体にも害はない。
『さあ急ぎましょう。開会式が始まるまであと30分ほどしかないので時間短縮のため空間転移装置を使います。その場から動かないでください』
その場を動かないように指示し、3匹は器用に首輪を外して鉄板が打ちっぱなしにされた床の上に置くと3つの首輪が変形して1つの大きな輪になった。その中に警備犬たちも入ると合図だったかのように輪が白い光を放って眩く輝きだす。
『途中で博物館出口で小松佑様と透様、瀬名真一様と合流してから会場へ向かいますがよろしいでしょうか?』
《ああ》
『了解しました。転移完了までしばらく目を閉じていてください。完了したら声をかけます』
柴犬がそう言ったのでフィーアとグラウは目を閉じた。一瞬だけ下降するエレベーターに乗った時の内臓が浮き上がるような気持ちの悪さを感じたがすぐにおさまった。『着きました』と言われたのでグラウが目を開くと森の出口まで移動してきていた。
『お待たせしました。小松佑様、透様、瀬名真一様も急いでこの輪の中へ。このまま万博の会場までワープします』
サモエドが声をかけると佑と瀬名はすぐに指示に従った。輪の中に全員が入ると再び目を閉じるように言われる。
『着きました。皆様目を開けてください』
【後編に続く】
