【エッセイ】99歳の母と過ごす冬。穏やかな日常の中で感じる命の温もり
今年も残すところ、あとわずかだね。カレンダーが最後の一枚になって、街の空気がきりりと引き締まるこの季節。本来なら学校の廊下を歩いて、冬休みを前に浮き足立つ子供たちの声を聞いている頃なんだけれど、今年の私は、少し静かな時間を過ごしているんだ。
今日はね、私の家で静かに眠っている、99歳の母の話をしようと思うよ。 「教育」という言葉は、学校の中だけにあるんじゃない。人生の最後の一瞬まで、人は誰かに何かを伝え続けている。そんなことを、母の寝顔を見ながら考えているんだ。
忘れていくことの、ひそやかな美しさ
私の母は、今も自宅のいつもの部屋で過ごしているよ。 令和8年になれば、99歳。白寿という、本当に素晴らしい節目を迎えるはずだった。でもね、最近の母は、まるで生まれたばかりの赤ん坊に戻っていくような、そんな不思議な月日を歩んでいるんだ。
認知症が進んで、あんなに大切にしていた「ひらがな」さえも、母の頭からはお空に消えてしまった。文字という道具を失うことは、私たちにとってはとても怖いことのように思えるけれど、母を見ていると、それもまた一つの「荷下ろし」なのかな、と感じることがあるよ。
でもね、命というのは本当に不思議なものだね。 今月の初め、私の息子……母にとっては孫だね……が顔を見せに来た時のこと。母は、自分が誰なのか、目の前にいるのが誰なのかも、きっと正確にはわかっていなかったはずなんだ。それでも、母はしっかりとした口調で、孫と会話を交わしていたよ。
そして、別れ際には必ず、震える手で孫の腕をさすりながらこう言うんだ。 「みんな、ご飯は食べたかい? 体は大事にするんだよ」
ひらがなは忘れても、読み書きができなくなっても、母の心にある「誰かを慈しむ気持ち」だけは、一文字も欠けずに残っている。記憶の引き出しが空っぽになっても、一番底にある「愛」という宝物だけは、誰にも奪えないんだね。
強い生命力と、抗えない自然のしらべ
そんな母だけれど、この12月中旬、二度ほど救急車で運ばれることがあったんだ。 それからは、食事もほとんど受け付けなくなってしまった。お医者様からは「年内は、あるいは……」という、とても静かな、でも重いお話をいただいている。
私の母はね、本当に強い人だったんだよ。 長い人生、インフルエンザにも風邪にも一度も負けたことがなかった。あの恐ろしい新型コロナにかかってしまった時でさえ、私たちは生きた心地がしなかったけれど、母は持ち前の強い生命力で、ひょいと乗り越えてしまったんだ。
けれどね、やはり「老衰」という自然の大きな流れには、どんなに強い心も抗えないものなんだね。 今の母は、一日のほとんどを眠って過ごしている。 動かないから、食べられない。食べられないから、動けない。 それは、無理に逆らうことのできない、命の潮が引いていくような、とても静寂な時間だよ。
子としてはね、もちろん「もっとそばにいてほしい」「奇跡が起きてほしい」と願ってしまう。でも、ふと母の穏やかな寝顔を見ていると、それは私の勝手な我儘なのかもしれないな、と思うこともあるんだ。母はもう、98年という長い長い旅を、精一杯、一歩も休まずに歩き続けてきたんだから。

年末年始の光の中で、バトンを握りしめる
外は、お正月の準備で慌ただしいけれど、母の部屋だけは、時間が止まったように陽だまりが揺れている。 私は今、副校長補佐として、少しだけ学校の運営をお手伝いしている立場だけれど、今の私の本当の仕事は、この部屋で母の呼吸を静かに聴くことだと思っているよ。
キャンプを26年も続けているとね、火が消えていく瞬間の尊さがわかるようになるんだ。 盛大に燃え上がる炎も美しいけれど、最後に残った炭が、静かに赤く光り、やがて白い灰に還っていくあの瞬間。そこには、何物にも代えがたい「安らぎ」があるんだよね。
母の命も、今、まさにその美しい「灰」に還ろうとしている。 それは悲しいことだけれど、決して「絶望」ではないんだ。母がこれまで私に、そして私の家族に注いでくれた無数の愛情は、もう私たちの体の中に、しっかりと溶け込んでいるからね。
私たちが親から受け取るのは、肉体的な命だけじゃない。 困っている人を放っておけない優しさとか、どんな時でも「ご飯食べたかい?」と心配する慈愛の心。それが、目に見えない「命のバトン」なんだよ。 母がひらがなを忘れても、そのバトンは少しも汚れることなく、私の手に、そして孫の手に引き継がれている。
結びに:今、この瞬間を慈しむ
みんな、今年の冬は例年よりも少し寒く感じるかもしれないね。 でも、もし君の隣に、大切な人がいるのなら、その人の手の温もりを、今のうちにしっかりと覚えておいてほしいんだ。
特別なプレゼントなんていらない。 「おはよう」とか「寒いね」とか、そんな何気ない言葉を、心を込めて交わすだけでいい。その一つ一つの瞬間が、いつか君が一人で歩まなければならない時の、暗闇を照らす小さな灯火になるから。
私の母との時間は、あとどれくらい残されているのかわからない。 明日、新しい年を迎える鐘を一緒に聞けるかどうかも、誰にも約束はできないんだ。 でも、私は後悔していないよ。母の最後の一呼吸まで、私は「ありがとう」という言葉を、母の心の深いところに届け続けたいと思っている。
さあ、今年もあともう少し。 みんなも、家族や友人と、温かいお茶でも飲みながら、穏やかな時間を過ごしておくれ。 命は巡り、バトンは続いていく。その大きな流れの中に、私たちは生かされているんだね。
来年もまた、君たちにとって、心穏やかな一年になることを祈っているよ。
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