ムハンマドとは誰だったのか? アサシンへの旅②
前回、私たちは「アサシン」と呼ばれた人々について見てきました。
彼らは単なる暗殺者ではありませんでした。
その背景には、
イスラム教
シーア派
イスマーイール派
ニザール派
という長い歴史があります。
しかし、ここで疑問が生まれます。
なぜ暗殺教団の話をしていたはずなのに、突然イスラム教の話になるのでしょうか。
その答えを知るためには、ハサン・サッバーフが生まれる約500年前まで歴史をさかのぼらなければなりません。
その出発点にいるのが、一人の男でした。
その名は、ムハンマドです。
世界史を変えた一人の商人
570年頃。
アラビア半島の都市メッカで、一人の少年が生まれました。
ムハンマドです。
現在では世界中に20億人近い信者を持つイスラム教の創始者として知られています。
しかし、この時の彼は王でも将軍でもありませんでした。
若い頃は商人として働いていました。
当時のメッカは交易都市として栄え、多くの隊商が行き交っていました。
ムハンマドも商売の旅をしながら生活していたと伝えられています。
そして彼は、
「アル=アミーン(信頼できる人)」
と呼ばれていました。
誠実で約束を守る人物として評判だったのです。
もし彼がそのまま商人として一生を終えていたなら、歴史の教科書に名前が載ることはなかったかもしれません。
洞窟の夜
40歳頃になったムハンマドは、メッカ近郊のヒラー山にある洞窟で、一人静かに過ごすことがありました。
当時の社会には貧富の差や部族同士の争いがありました。
ムハンマドは、そうした世の中について深く考えていたとも伝えられています。
そして、ある夜。
イスラム教の伝承によれば、ムハンマドの前に天使ジブリール(キリスト教でいうガブリエル)が現れました。
ジブリールは言います。
「読め(唱えよ)」
しかしムハンマドは答えます。
「私は読めません」
すると再び、
「読め」
という声が響きました。
こうして神からの言葉が伝えられたとされています。
イスラム教では、この出来事が最初の啓示であり、イスラム教の始まりと考えられています。
神はただ一人
ムハンマドが伝え始めた教えは、とてもシンプルなものでした。
神は唯一である。
イスラム教では、この唯一神をアッラーと呼びます。
また、ムハンマドは神そのものではありません。
神の言葉を人々に伝える預言者です。
実はイスラム教では、ムハンマド以前にも多くの預言者がいたと考えられています。
アダム、ノア、アブラハム、モーセ、そしてイエス。
ムハンマドは、その系譜を受け継ぐ最後の預言者とされています。
なぜ反発されたのか
現代の私たちからすると、
「神は一人です」
という教えは、それほど過激には聞こえません。
しかし当時のメッカでは事情が違いました。
メッカの中心にあったカアバ神殿には、多くの偶像が祀られていました。
各地から巡礼者が訪れ、それは町の繁栄にもつながっていました。
そんな中でムハンマドは、
「神はただ一人である」
と説き始めたのです。
これは宗教だけでなく、社会や経済の仕組みにも影響を与える考えでした。
そのため彼は嘲笑され、迫害されるようになります。
信者たちも苦しい立場に置かれました。
それでも教えを捨てなかった
ここがムハンマドという人物の面白いところです。
彼は最初から成功者ではありませんでした。
支持者も少なく、反対する人々の方が圧倒的に多かったのです。
それでも教えを捨てませんでした。
何年も少数派のまま活動を続けました。
その姿勢に心を動かされた人もいたのでしょう。
少しずつ仲間が増えていきます。
メディナへの旅
622年。
ついにムハンマドと信者たちはメッカを離れることになります。
彼らが向かった先はメディナでした。
この出来事を、
ヒジュラ(聖遷)
と呼びます。
前回の記事でも少し触れましたが、イスラム教にとって非常に重要な出来事です。
現在のイスラム暦も、この年を起点としています。
メディナでムハンマドは、単なる宗教指導者ではなく、共同体の指導者としても活動するようになりました。
ここからイスラム共同体は大きく成長していきます。
かつて追われた町へ
630年。
ムハンマドは再びメッカへ戻ります。
かつて迫害され、追われた町でした。
しかし今度は違いました。
彼は大きな支持を得て帰還したのです。
そしてカアバ神殿にあった偶像を取り除き、アッラーへの信仰の中心地としました。
こうしてイスラム教はアラビア半島全体へ広がっていきます。
そして訪れた別れ
632年。
ムハンマドは亡くなります。
しかし、彼が築いた共同体は消えませんでした。
むしろここから大きく発展していきます。
ただし、一つの問題が残されました。
ムハンマドの後を継ぐのは誰なのか?
王なら王子がいます。
しかしムハンマドは王ではありませんでした。
では誰が共同体を率いるのでしょうか。
この問いは、後のイスラム世界を大きく揺るがすことになります。
そして数百年後、
スンナ派
シーア派
イスマーイール派
ニザール派
ハサン・サッバーフへとつながっていくのです。
次回予告
ムハンマドは亡くなりました。
しかし、本当の問題はここから始まります。
「次の指導者は誰なのか?」
この問いをめぐる対立が、後にスンナ派とシーア派の誕生につながっていきます。
次回は、
「ムハンマドの死――後継者は誰なのか?」
について見ていきましょう。
アサシンへの長い旅は、まだ始まったばかりです。
