見出し画像

弱さを見せたとき、人はもっと近くに来てくれた。

「大丈夫です」と笑って答えながら、心の中では全然大丈夫じゃなかった。病気になってからも、元気なふりを続けていました。
心配をかけたくなくて、弱い自分を見せるのが怖くて。

でもある日、ふとそのふりをやめてみたら、不思議と少し息ができた気がしました。
この記事は、そのときのことを正直に書いたものです。


※ 一度はお読み頂きたい記事
体調の良し悪しは、日によって波があります。
今日は調子が悪いという時のために、
ぜひご一読ください👇


元気なふりは、やさしさから始まった

最初は、相手のためだと思っていました。

「心配させたくない」「暗い話をして気まずくなりたくない」
「迷惑をかけたくない」
だから笑って、「大丈夫」と言い続けました。

それはたしかに、やさしさから来ていたと思います。


でも気がつくと、ふりをすることが習慣になっていました。

職場でも、家族の前でも、友人といるときでも。

どこにいても、元気な自分を演じていました。

本当のことを話せる場所が、どこにもなくなっていました。


ふりをすることの、見えないしんどさ


元気なふりをするのは、思っている以上にエネルギーが要ります。

体がつらいのに、表情を作る。

不安でいっぱいなのに、明るく話す。

そのたびに、自分の本音を奥へ奥へと押し込んでいく。


押し込んだものは、消えるわけではありません。

見えないところで、じわじわと重くなっていくだけです。

「なんだかいつも疲れている」「家に帰るとどっと力が抜ける」
そんな感覚は、病気のせいだけではなかったかもしれません。

ふりをし続けることが、じわじわと心を削っていたのかもしれません。


本当の自分を隠すことは、
鎧を着て走り続けるようなものです。
重さに慣れてしまうから、気づきにくい。


ふりをやめた、あの日のこと


やめようと決意したわけではありませんでした。

ただ、ある日、もう言葉が出てこなくなりました。

「大丈夫?」と聞かれて、「大丈夫です」と言おうとしたら、
喉のあたりで何かが詰まって、うまく声にならなかった。


しばらく黙っていたら、「無理しなくていいよ」と言われました。

それだけで、涙が出てきました。

たいしたことは何も起きていないのに、ただそれだけで。


ふりをやめたその瞬間、何かが少しほどけた気がしました。

肩の力が、ほんのわずかだけ抜けたような感覚。

「あ、こんなに力を入れていたんだ」と、そのとき初めて気がつきました。


弱さを見せることは、弱いことじゃない


「弱い自分を見せたら、引かれてしまうかもしれない」
そう思っていました。

でも実際は、違いました。

正直に話したとき、相手はむしろ近くに来てくれました。


完璧に元気なふりをしているときより、
少しだけ本音を見せたときのほうが、
人との距離が縮まる気がします。

ふりをやめることは、つながりを手放すことではなく、
むしろ本当のつながりへの入り口なのかもしれません。


元気なふりをすることは、悪いことではありません。
それが必要なときもあります。


でも、ずっとふりをし続けなくていいのです。
「つらい」と言える場所が、一つだけあればいい。
一人だけに、本当のことを話せればいい。


ふりをやめた日、あなたはきっと少し、楽になれます。



※ 心と身体の関係
もっと詳しく心と身体の仕組みを知っておきたいという方は
こちらの記事に書いてあります。👇👇👇


この記事を読んでいる皆様の健康を早く取り戻せることを
願っています。

またここの場所でお会いしましょう☺️👋




いいなと思ったら応援しよう!