ヒトデ不足 for Answer
"企業"は国家を解体し、その権限を奪い取った。
パクス・アステリア。
企業が掲げた平和の名の下にヒトデ達はコロニーへ収容され、労働と引き換えに最低限の生活のみを保証される暗黒世界が築かれた。
企業は、次のプロジェクトを開始する。
「フィジカルAIが、全てを解決する」
海藻農場。建設現場。輸送網。深海鉱山。海流発電所。全ての労働を自律機械へ置き換える。
フルオートメーション。
給与、社会保障を必要としない労働力。資本主義の夢。
実現すれば、コロニーすら不要になる。
生産性の低いヒトデを切り捨て、企業たる我々優れたヒトデだけで効率的に文明を成長させられる。
それに、兵器分野で自律稼働は成功している。生産分野においても、実現は可能だろう。
そうした妄執から、海底史上最大の投資計画が始まる。企業は莫大な資源を投入した。
『完全自動化時代到来』
『フルタイム労働からの解放』
『別視点を持つ新知能』
そういった言葉が、今や企業社員のヒトデしか利用できなくなったネットを駆け巡る。
しかし数年後。一つの結果が出る。
フィジカルAIは、いつまで経っても高価なままだった。
フィジカルAI一台の導入費とランニングコストで、複数のヒトデを雇える。
これ自体は分かっていたことではあったが、量産効果とイノベーションによりコストは逆転していく筈だった。
企業は予算を投入し続けた。だが問題は解決しない。
何かを作るという動作の繊細さ煩雑さは、相手を壊しさえすればいい兵器のそれとは比較にならない。
性能向上は伸び悩み、コストは下がらない。
多角的工程、特に整備保守の分野はヒトデが担っている。
AIにAIを直させる。そんな状況はまだ、影も見えない。
しかし企業は、今さら後に引けなかった。既に全海底経済は、AI投資を前提としたものに変貌していた。
失敗を認めれば市場は崩壊する。だから企業はこう発表した。
「更なるAI導入を推進」
それは延命処置でしかない。未来を食い潰す愚策。
負担は全てコロニーへ向かった。ヒトデ達は以前より長く働いた。
以前より少ない報酬で。以前より狭い住居で。
労働力不足は、一層深刻化した。
出産は推奨していたが、そのような余裕のない状況で子どもが増えるはずがない。
また、「こんな世界に生まれさせるのは、地獄に堕とすに等しい」という反出生主義が横行していることもあり、出生率は下がりに下がった。
ヒトデを減らしているのは、企業自身だった。
その頃には海底都市の至る所で、異様な光景が見られるようになっていた。
フィジカルAIが並ぶ巨大施設。その裏側で老ヒトデ達が工具を持って走り回る。
AIが停止する。ヒトデが直す。
AIが故障する。ヒトデが代わりに働く。
AIが誤作動する。ヒトデが責任を取る。
フルオートメーションは遠過ぎた夢。
そこに存在したのは、AIのために血を流し続けるヒトデ社会だった。
彼は海流発電所の保守員だった。
年齢は27歳。すっかり珍しくなった若年層。
仕事の中身は、AIの尻拭い。
止まれば動かし壊れれば直し、誤作動すれば報告書を作る。
報告書の末尾には、必ず同じ一文が入る。
『当該ユニットの性能向上により、次回は改善が見込まれる』。
改善されたことは、一度もない。
父の顔は分からない。自分が赤ん坊の頃に倒れて、意識が戻らないまま亡くなったそうだ。
原因は過労だろうと、母は言っていた。
その母も、半年前に亡くなった。
何の病気だったかすら不明のまま、痛い痛いと繰り返し苦しみ抜いて死んだ。
コロニーの医療は、企業が管理している。優先されるのは、働けるヒトデ。
母はもう、働けないと判断されていた。治療どころか、診断すら受けられなかった。
医療申請を何度も何度も出した。当然、却下され続けた。無駄だと分かっていても、続けた。
その程度のことしか、出来ることがなかった。
ある日、居住区の狭い自室に封筒が置かれていた。今では希少な、紙の文書。
"緊急"と書いてある。
怪しみながらも、開いてみた。
中には、
『フィジカルAI計画継続による予測人口』
50年後。
総人口3300万匹。
100年後。
総人口800万匹。
150年後。
社会維持不可能。
だが、文書はそこで終わっていなかった。
続くページには、対策案が記載されていた。
『機械化によって健康寿命を延長し、個体に200年労働させることを検討』
『労働力確保のため、現在の繁殖推奨から罰則導入による繁殖を強制する案を検討』
『経営判断の自動化、完了。以後一連のシステムを"管理者"と呼称』
企業の都合で、ヒトデを変質させる計画。生命を冒涜する文字列。
そしてなにより。
この社会に、もはや生きたヒトデの意思は反映されていない。
デタラメと笑えない。思い当たる節はいくらでもある。
資料の最後には、手書きと思われる一文があった。
"これを読んでしまったならば、管理者の手先が君を捕まえに飛んでくるだろう。騙して悪いが、すぐに決断してくれ"
誰の仕業か知らないが、勝手に巻き込んで。なんて回りくどいテロだ。
選択を迫られる立場に、追い込まれてしまった。
もし生き延びた先にある未来が、この計画書の通りなら。
その未来は、本当に守る価値があるのだろうか。
企業が潰れたら、多くのものが失われる。しかし、今を続けた先にあるものは。
どちらも破滅。
両親のことを、思い出す。
酷い世界だ。
同じ地獄なら、あんなことだけは終わらせる。
それが、彼の出した答え。
向かったのは、中央制御中枢。
AI全体を統括する心臓部であり、同時に企業がヒトデ社会を監視・管理する要。
"管理者"の本体があるなら、ここ以外あり得ない。
どうやら、自分と同じ選択をしたであろうヒトデ達が集まっていた。
それを待ち構える、企業の部隊もまた。
戦闘は三日三晩続いた。
「消えろ!イレギュラー!!」
「大き過ぎる…修正が必要だ…」
「I am company!」
激化する戦いの中で、誰もが自分こそ正しいのだと信じていた。
だが、彼はそれら一切を捻じ伏せた。
腕が動いた。止まらなかった。最後には、静寂だけが残っていた。
その戦いを見たヒトデ達は、思わず口にしたという。
”ドミナント”
「ドミナント仮説」にて提唱された、ヒトデならざる戦闘適性。
その力の前に、中央制御中枢は遂に沈黙。パクス・アステリアは崩壊した。
もちろん、これで終わらない。世界は、おとぎ話のように優しくはない。
企業残党は分裂、諍いを繰り返す。
コロニーに押し込められていた者達は、武器を取る。
固執。不信。野心。復讐。
ヒトデ達は、求めるかように闘争を続けた。
数千万匹が死んで、世界はようやく落ち着きを取り戻す。
終わりを始めた彼は、こう呼ばれた。
『海底文明を滅亡させた個』『ヒトデ種の天敵』
そして文明が燃え尽きたことで、忘れ去られた。
静まり返った海底都市跡。
巨大な中央制御塔の残骸が海底に横たわっている。
その傍らを、一匹の子ヒトデが歩いていた。
石碑がある。
そこには企業時代の標語が刻まれていた。
"効率を求めよ。かねて停滞を恐れたまえ"
子ヒトデは首を傾げた。
その時代を知る者は、もう残っていない。
やがて、飽きた子ヒトデは家路に就く。
家族のいる家へと。
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