ヒトデ不足
海底都市群は、空前のヒトデ不足に見舞われていた。
数十年前からの少子高齢化に歯止めがかからず、遂にヒトデ減が始まった。
かつて1億3000万に迫っていたヒトデの総数は、数年以内に1億2000万を割り込むと予想された。
問題の核は、総ヒトデよりも生産年齢ヒトデの減少だった。
15歳から64歳までの個体。
労働により富を生産し、また消費の主役でもある層。ここの減少は、社会へのダメージが大きい。
最盛期には8700万匹いたが、今は7300万匹まで減少している。今後も毎年数十万規模で減り続ける見通しだった。
若いヒトデは生まれず、年老いたヒトデばかりが増えていく。
海底研究所の報告書には、赤い文字でこう記されていた。
『20年後の不足労働力 1400万匹相当』
「このままでは海藻の収穫もサンゴ礁の整備も、沈没船の解体も維持できません」
会議室の巨大な水槽モニターに絶望的な数字が並ぶ。
そこで政府が打ち出したのが『百歳現役ヒトデ計画』だった。
まず定年を65歳から70歳へ引き上げた。
これにより65歳から69歳までの800万匹が、労働力として計上された。
不足分の半分以上が埋まり、市場は歓喜した。
その反応を見た政府は、今度は75歳までに引き上げた。
新たに700万匹を計上。
労働力不足は、机上では解消された。
だがこれは、引退するはずだった老ヒトデを労働力として数え直しただけ。
メディアは報じる。
『過去最高の労働参加率』
『高齢ヒトデの活躍が海底経済を支える』
『100歳まで現役が新常識か』
現場では71歳のヒトデが海藻漁船を操縦し、72歳のヒトデが深海鉱山で資源採掘を行い、73歳のヒトデが新ヒトデ教育を担当していた。
その新ヒトデと呼ばれる者も、66歳だった。
海底企業は、慢性的なヒトデ不足に苦しんだ。
現代の老ヒトデはかつてより元気といっても、持病の一つや二つ抱えている。若者と完全に同じというわけにはいかない。
若いヒトデは、年々希少度が上がる。相対的に、就職活動の競争は年々難易度が下がっていく。
結果、若ヒトデは良い待遇を提示できる企業が搔っ攫う事態が続いた。
若ヒトデの採用競争が激化した結果、各企業は提示条件を急速に引き上げた。
初任給は旧来の管理職を上回り、住宅・医療・研究支援まで付与されるようになった。
結果として起きたのは、組織内部の崩壊だった。
新人の方が給料が高い。
このシンプルな事実が、現場を壊した。
深海工場で働くベテランヒトデは、自社の求人票を見て退職届を提出した。
「自分より月給が6万も高い。納得できない」
これが連鎖した。経験豊富な中堅層が、一斉に離職し始める。
そして転職先は、条件の良い別企業。そこでは、新卒並みの好条件で雇用される。
企業間での争奪は若ヒトデだけではなく、40年以上の実務経験を持つ層へと拡大していった。
結果として中途採用にも良い条件を提示可能な、余力のある大企業のヘッドハンティングが横行した。
後には声の掛からないスキル無し高齢ヒトデと、採用市場で弾かれた問題ありの若年層のみが残った。
これにより、中小企業は壊滅した。
残された設備や特許、海底施設は、大企業へ買収される。
救済という名の統合は続き、やがて海底経済の大半は一つの企業へ集約された。
その頃にはこれまたヒトデ不足を理由に、 国の業務を企業が担当していた。
インフラ。医療。教育。一部の警察業務までも。その範囲は年々増えていく。
”競合他社がいなくなる”。
そして"国が担うべきものに企業の論理が入り込む"。
これがどういった結果を招くのかを、ヒトデ社会は痛感することになる。
海底経済を支配下に置いた企業は、いつしか最高権力者かのように振舞っていた。
政府は企業の顔色を伺うしかなく、実務上は形骸化しつつあった。
その力関係を背景に、企業は「武装権」を獲得。私兵を揃えるようになった。
名目は「海底施設保全部隊」「深海災害対応ユニット」。
しかし実態は、完全自律戦闘機械と重装備兵器を備えた軍隊だった。
それを何に使うのか。ヒトデ達は薄々察していたが、誰もが見て見ぬふりをした。
企業に睨まれることは、本当の自殺行為になっていたからだ。
海底都市の外縁部、光の届かない深海層にて初めての衝突が発生する。
政府がかつての地位を取り戻そうと、サンゴ礁修復の再公営化を宣言したのである。
それに対し武力行使を躊躇う者は、もはや企業側にはいなかった。
不利益の元は潰してしまえ、と。
深海通信網が遮断されると同時に、配備されていた「環境保全用ドローン群」が一斉に攻撃モードへ移行した。
海底地形を改変するレベルの掘削機械が、そのまま対艦兵器として転用される。
国家は、僅か1ヵ月で敗北した。
一匹の老ヒトデが呟いた。
「次代には、ただ金を稼ぐことだけを覚えさせたか…」
戦争終結後、企業が最初に着手したのは組織の整理だった。
余剰人員、老齢層、低生産性と判定されたヒトデを、本体から切り離した。
それは中核部分以外の全て。全体の9割にも及んだ。
企業は「限りある資源の効率的な再分配」と称し、それらのヒトデを”コロニー”と呼ばれる居住区に押し込んだ。
そこでヒトデ達は労働の対価として衣食住こそ保証されたが、従来の権利を剥奪される。
自動車や住宅の個人保有、旅行、職業選択、参政の禁止。
医療機関はあるが、自己判断での受診は出来なくなった。
それらが許されるのは、企業に籍のある一握りのヒトデだけ。
企業はこの体制を、パクス・アステリアと呼んだ。
一般ヒトデは生存の為だけに労働し、国家統治時代よりもずっと貧しい生活を強いられた。
コロニーには監視カメラと盗聴器が、死角なく配置されていた。
反乱の芽はすぐに感知され、異分子は排除される。
パクス・アステリアとは、貴族制と奴隷制の再来であった。
つづく
AC6発売からそろそろ3年経ちます。新作発表祈願として本稿をここに。
そして、これを仕上げている最中に。
真まるさんが、こちらを投稿されました。
これはシンクロニティ、来てます。
そう遠くない日に、アーマドコアの新作が発表されるに違いない…!
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