ドイツ式「荷待ち自動課金」を日本に持ち込む方法
「守屋さん、今日また2時間待たされました。センターで荷物が揃うまで」
「請求したか?」
「……できるわけないじゃないですか」
「なぜできないと思う?」
俺は少し考えた。
「雰囲気、ですかね。請求したら次から仕事が来なくなりそうで」
守屋さんは静かに言った。
「その『雰囲気』が、数字になって出てる。待機料を実際に収受できている事業者は、全体の約16%だ」
「……84%は請求できていない」
「そういうことだ」
ドイツ商法典HGB412条3項とは何か
ドイツ商法典(Handelsgesetzbuch)412条3項。
「荷役のための待機時間が過度に長くなり、その原因が荷主側にある場合、運送人は合理的な補償(Demurrage)を請求できる」。
さらに重要なのは、ドイツの連邦裁判所(BGH)が2010年の判決でこう確認していることだ。「一般約款でこの権利を全面的に排除することはできない」。
フランスのゲソ法と同じ構造だ。法律が保障した権利を、契約書で消すことはできない。
実務では「2時間フリー+以降は自動課金」が標準
ドイツの実務における標準的な設定はこうだ。
最初の2時間はフリータイム(無料)
2時間を超えた分は30分ごとに35ユーロが自動的に課金される
時給換算で約70ユーロ、現在の為替で約1万1千円
待たされた、ではなく「課金が発生した」という発想だ。
つまりドイツでは、荷主が「早く荷物を出すインセンティブ」を持っている。 待たせれば待たせるほど、荷主の負担が増える設計になっている。
日本の現状:制度は整いつつあるが、現場には届いていない
2024年、国交省の調査でこんな数字が出た。
トラックドライバーの1運行あたり平均荷待ち時間:1時間34分
待機料を実際に収受できている事業者:約16%
2020年比での荷待ち時間の変化:ほぼ横ばい
制度は動いている。2024年の改正で、荷待ち時間の記録義務が強化され、標準的な運賃に待機時間料の考え方が明示された。大手企業の案件では「30分単位の別料金化」が進み始めている。
だが数字は正直だ。84%は請求できていない。荷待ち時間は減っていない。
「なぜ浸透しないんですか」と俺が聞くと、守屋さんは3つ挙げた。
理由①:制度が「任意の目安」にすぎない 標準的な運賃は法定強制価格ではない。違反しても直ちに罰則はない。
理由②:証拠インフラがない ドイツでは待機開始・終了時刻を証拠として示せば請求できる。日本では記録の習慣がなく、請求の根拠を示しにくい。
理由③:軽貨物には基準すら届かない 標準的な運賃の正式な適用対象は一般貨物だ。俺たち軽貨物には、その基準すら存在しない。
フリーランス新法という新しい足場
ただし、一つ新しい動きがある。
2024年に施行されたフリーランス新法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)だ。
軽貨物ドライバーも対象になる。発注者である運送会社やプラットフォームは、契約内容・報酬・支払い条件を書面で明示する義務を負う。「報酬が明確でない」「待機時間分の単価が不明」という不透明な条件が、法律上は許されなくなった。
「待機料を強制的に払わせる法律ではない」と守屋さんは言った。「でも、契約内容を明示させる義務がある。それは交渉の足場になる」
「日本に持ち込む」とはどういうことか
制度が変わるのを待つだけが防禦じゃない。今できることがある。
① 契約書に「待機時間の扱い」を入れるよう求める
新しく契約を結ぶ時、あるいは更新のタイミングで、フリーランス新法を根拠にこう聞く。
「契約内容の明示が法律上義務づけられていると認識しています。荷待ちが発生した場合の待機時間の扱いについても、契約書に記載していただけますか」
拒否されても構わない。「明記を求めた」という事実が、あなたが待機時間を無償と考えていないことを示す。
② 「2時間フリー」の発想を交渉の起点にする
ドイツでは2時間フリーが標準だ。この水準を知った上で、「2時間を超えた待機については別途協議したい」と切り出すことは、根拠のある交渉だ。
③ 記録を証拠にする
待ち始めた時刻、終わった時刻。スマホのカメラでダッシュボードの時計を撮影する。Googleマップのタイムラインを活用する。配車アプリの受付・完了時刻をスクリーンショットで保存する。
記録がなければ請求の根拠がない。記録があれば、交渉のテーブルに乗せられる。
ドイツのドライバーが待機料を勝ち取ったのは、データがあったからだ。
守屋さんが言った。
「16%は請求できている。雰囲気でできないと思っているだけで、やっている人間はいる。その16%が何をしているかを知ることが、次の防禦になる」
俺は今日の待機時間をメモした。センターで荷物が揃うまでの2時間。名前のなかった時間に、今日初めて名前をつけた。
「待機:120分」
知ることが、防禦の始まりだ。
次回:「EUが『多重下請けの連帯責任』を法制化しようとしている件」
