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東京ワンルームの恋 ─Time Goes By─|第一話【全五話】|白い街で始まった恋

――この物語は、35歳になった礼美が振り返る、
東京で過ごした恋と別れの記録である。(全五話)


18歳で故郷を離れ、ひとり暮らしを始めた東京。
そこで出会った人たち。
初めて誰かを好きになった時間。
そして、終わりを受け入れたあの日。

あの頃の私は、
恋をすれば幸せになれると思っていた。

傷つくことも、
失うことも知らないまま。

ただ、一生懸命だった。

これは、あの頃の私へ送る、
ひとつの恋の記憶。


18歳の東京は、思ったより静かだった。

逃げてきたはずなのに、逃げ場所には見えなかった。

白い街だった。

人の声より先に、距離だけが広がっていく場所。

実家の八戸の朝は、まだ体のどこかに残っていた。

父の短い言葉と、整えられた食卓。

兄の迷いのない背中。

私はいつも、一拍だけ遅れた。

正解を探しているうちに、会話は終わる。

その感覚だけが、東京に来ても消えなかった。

地元の大学には行かなかった。

それは反抗というより、小さな逃げ道だった。

「困ったら連絡しなさい」

父はそれだけ言って、振り返らなかった。

東京の西端。

アパートの鍵を受け取った瞬間、初めて自分だけの場所を持った気がした。

でもその夜、窓の外の風は思ったより冷たかった。


大学に入って最初に思ったのは、友達がほしいということだった。

女子校の時間から抜け出したばかりの私は、人の輪に入る距離感を知らなかった。

それでも何かを変えたくて、サークルに入った。

スカッシュ。

そこで彼に会った。

よく笑う人だった。

人の中心に立つことを、ためらわない人。

私の手を、迷いなく取る人だった。

その自然さが、少し怖かった。

ある日の練習のあと、ふとした流れで二人で並んで歩いた。

人混みの中で、肩が一度だけ触れた。

その瞬間、体の内側がわずかに反応した。

あっけない、と一瞬だけ思った。

それでも、その瞬間だけは、体温が確かに上がっていたことが分かった。

理由を考える前に、足だけが先に進んでいった。

付き合って一ヶ月ほど経った夜。

彼の部屋に行った。

玄関で靴を脱いだ瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

空気が少しだけ違う。

言葉にできない緊張が、足元からゆっくり上がってくる。

――ああ、今日はそういう日なんだ。

そう思った。

怖くないと言えば嘘になる。

繋いだ彼の手の熱さに、

逃げ出したいような、それでも離れたくないような心地がした。

でも、何も変わらないままの自分にも、もう戻りたくなかった。

その夜は、驚くほど静かに終わった。

天井の小さなシミを見ながら、私は思った。

何かが劇的に変わると思っていた。

でも世界は、何も変わらなかった。

ただ、さっきまでの自分と少しだけ違う場所にいる気がした。

残ったのは、少し汗ばむ夏の夜と、静かな息遣いだった。

それから私は、彼を正解にしてしまった。

彼の好む言葉を選び、彼の喜ぶ顔だけを探した。

一緒にいることが安心で、

返信がない時間が少し不安で、

気づけば、その間隔で一日を測るようになっていた。

彼の隣にいることが、私の居場所だった。

そう思っていたのは、私だけだったのかもしれない。


ある日、サークルに新しい女の子が入ってきた。

東京で育った、軽やかな笑い方をする子だった。

彼はすぐに、その隣で笑うようになった。

その笑顔を見たとき、少しだけ理解した。

――こういうふうに、距離は変わっていくんだ。

彼の言葉は、少しずつ短くなっていった。

最後の夜は、とても静かだった。

「ごめん。あの子の方が、放っておけなくて」

その言葉に怒りはなかった。

ただ、少しだけ息が軽くなった。

私はサークルを辞めた。

逃げたわけじゃない。

これ以上、自分をすり減らしたくなかっただけだった。

東京の空は、思っていたより遠かった。

誰にも寄りかからずに生きることを、

私はそのとき初めて考え始めていた。

ねえ、あの頃の私へ。

あれは、恋だったんだよ。

でもね、あの頃の私はまだ、恋の形を知らなかった。

ただ誰かの隣にいることを、

自分の居場所だと思っていただけだった。

白い街は、静かに夜へ沈んでいく。

その中で私はまだ、自分の輪郭を探していた。

つづく


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第二話|夏の煙と、君の視線

▶東京ワンルームの恋 ─Time Goes By─
30歳になった礼美が振り返る、18歳から東京で過ごした恋と別れの記録。

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Ryo.|プロフィール・作品一覧


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