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東京ワンルームの恋 ─Time Goes By─|第二話【全五話】|夏の煙と、君の視線

――この物語は、35歳になった礼美が振り返る、
東京で過ごした恋と別れの記録である。(全五話)


22歳の春。

大学を卒業した私は、故郷へ戻らなかった。

父の会社に入る道もあった。

でも、あの頃の私は一度だけ、自分の力で生きてみたかった。

東京東部にある自動車販売会社。

そこが私の新しい場所になった。

同期は5人。

私、美里、英雄、そして二人の仲間。

入社したばかりの私たちは、みんな少し不安だった。

仕事のこと。

人間関係のこと。

これから始まる生活のこと。

「頑張ろうね」

そう言いながら笑った。

千葉・船橋。

私が借りた部屋は、白い壁の1Rだった。

小さなキッチン。

一人分の食器。

静かな夜。

18歳の頃に暮らした東京とは違った。

ここは逃げ場所ではない。

私が選んだ場所だった。


新人研修が終わり、私は英雄と同じ東京ベイエリア支店に配属された。

新入社員の毎日は忙しかった。

先輩社員のアシスタント。

電話対応。

書類整理。

お客様へのお茶出し。

髪をくくって、笑顔を作る。

胸には、まだ少し新しい社員証。

何も分からない毎日だった。

でも、不思議と嫌ではなかった。

そんな中で、英雄とは自然に話すようになった。

目立つタイプではない。

でも、人の変化によく気づく人だった。

資料を落とせば拾ってくれる。

疲れていれば、

「大丈夫?」

と聞いてくれる。

前の恋では、

嫌われないように。

必要とされるように。

いつも誰かの顔色を見ていた。

でも英雄は違った。

何かを求めるわけでもない。

ただ、見ていた。

それが少し不思議だった。


初夏。

仕事にも慣れてきた頃。

美里から連絡が来た。

「たまには仕事以外の顔、見たいよね」

久しぶりに同期5人で、バーベキューをすることになった。

森林でのバーベキュー。

天気も良くて、暑すぎず風が気持ちよかった。

私は現地に向かう途中から、少しわくわくしていた。

ジーンズに白Tで来ちゃった。

美里も似たような服装だった。

男子は短パンが多い。

変に気を遣わなくていい仲間って、楽だなと思った。

買い出しの途中。

美里が英雄を見る。

「ねえ、英雄」

「ん?」

「礼美のこと、気になってるでしょ」

英雄が少し固まった。

「なんで?」

「だって、分かりやすいから」

「そんなことないって」

「礼美が困ってる時だけ、すぐ気づくじゃん」

「同期だからだろ」

「へえ?」

美里が笑う。

「じゃあ私が困ってチャットしても、そんなに早く返事くれないじゃん」

「いや、それは……」

英雄が言葉につまる。

「たまたま?」

「……」

「ほら」

美里は笑った。

「分かりやすいんだよ、英雄」

英雄は観念したように苦笑した。

「……まあ、隠すつもりもないけどね」

「へえ? じゃあアプローチすればいいじゃん」

「本人が気づくまで、待っておくよ」

「優しいんだね」

「そういうんじゃないよ」

英雄は少し笑った。

「礼美には言わないでくれよ。変に意識させたくないから」

美里は小さく笑った。

「分かった」


森林の中のバーベキュー場に着くと、みんな会社とは違う顔をしていた。

木漏れ日。

風に揺れる葉の音。

スーツもない。

名札もない。

ただの22歳の男女だった。

炭に火をつける。

野菜を切る。

肉を焼く。

私は慣れない手つきで包丁を握った。

「礼美、料理できそうな顔して意外だな」

英雄が笑う。

「え、それ褒めてる?」

「半分くらい」

「半分なんだ」

思わず笑った。

そんなくだらない会話が、心地よかった。

前の恋では、

嫌われないために笑っていた。

でも、この日は違った。

失敗しても。

少しくらい不器用でも。

誰も離れていかなかった。

肉を焼きすぎた時。

「英雄、これ大丈夫?」

私が聞く。

「食べられる」

「絶対?」

「たぶん」

「たぶんって」

二人で笑った。

英雄が箸を伸ばす。

「でも、礼美が焼いたから」

その言葉に、胸がどきりとした。

――そういう言い方、ずるいよ。

声には出せなくて、私はただ目をそらした。


美里が小さな声で話しかけてきた。

「そういえば、前に話してた先輩のことなんだけど」

「デート誘われたっていう話?」

「うん。でも断りづらくて」

「無理しなくてもいいと思うよ」

「でも仕事の担当だから」

「じゃあ、みんなで行けば?」

「え?」

「二人きりじゃなくて、同期会って感じで」

美里が笑った。

「礼美って、そういうところ優しいよね」

「いや、そんな大したことじゃないよ」

「そういうところ」

「何それ」

二人で笑った。


夕方。

帰る時間になった。

「楽しかったね」

美里が言った。

「うん」

「礼美、今日ちょっと違ったよ」

「そう?」

「うん。いつもより自然だった」

その言葉が残った。

自然。

そんな自分でいられたことが、少し嬉しかった。


夜。

船橋の部屋に戻る。

スマホを見る。

英雄からメッセージが届いていた。

『今日は楽しかった。ありがとう』

少し間が空いて。

『あと、変なこと聞いてごめん』

『美里と話してたこと、少し気になっただけ』

私は画面を見て笑った。

何をそんなに気にしているんだろう。

でも、少しだけ嬉しかった。

だから、短く返した。

『今日はありがとう』

『私も楽しかったよ』

送信。

スマホを置く。

18歳の頃の私は、

誰かの隣にいることを居場所だと思っていた。

でも22歳の私は、少し違った。

一緒にいても、自分でいられる人がいる。

それを、初めて知った。

まだ恋だとは言えなかった。

ただ、夏の煙の向こうで。

私は少しだけ、

誰かを信じることを思い出していた。

つづく


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30歳になった礼美が振り返る、18歳から東京で過ごした恋と別れの記録。

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Ryo.|プロフィール・作品一覧


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