彩音 -風の続き-|第一話【全五話】|追い風の人
――この物語は、『同級生 -第三部-(最終章) So Long』と同じ時間の中で、静かに続いていた彩音の記録である。(全五話)
彩音は、窓に映る自分の姿を見た。
セミロングの髪を後ろでひとつに結ぶ。
仕事の日は、いつもポニーテールだった。
邪魔にならない。
清潔感がある。
それだけの理由だった。
でも気付けば、
それが自分の仕事姿になっていた。
品川のオフィス。
夕方を過ぎても、情報システム部のフロアには人が残っている。
問い合わせ対応。
システム確認。
翌日の会議資料。
管理職になった今でも、仕事が嫌いになったことはなかった。
むしろ好きだった。
問題を見つけて、
原因を探して、
誰かが困らない仕組みに変えていく。
その過程が好きだった。
ただ。
ここまで来るには、
少し遠回りもあった。
彩音は1985年生まれ。
学生時代は、女子高、女子大で過ごした。
男子のいない環境。
友人たちと過ごす時間。
放課後のカフェ。
将来の話。
恋愛の話。
穏やかな日々だった。
社会に出れば、
努力した分だけ評価される。
仕事ができれば認められる。
彩音は自然にそう思っていた。
二十二歳。
新卒で入社したのは、都内にある急成長中の
ITベンチャー企業だった。
社員数はまだ多くない。
けれど勢いがあった。
若手にもチャンスがある。
そんな会社だった。
入社式の日。
同期は十人。
男性六人。
女性四人。
その中で彩音と特に仲が良かったのが、美咲だった。
同じ女性。
同じ技術職。
仕事への考え方も近かった。
「せっかくだから、面白いことしようね」
入社当日に笑っていた美咲の顔を、
彩音は今でも覚えている。
最初の数年間は、本当に楽しかった。
新しいサービス。
新しい技術。
新しい顧客。
毎日が変化の連続だった。
終電まで働く日もあった。
休日に対応することもあった。
でも苦ではなかった。
若かった。
そして何より、
仕事そのものが好きだった。
しかし、
少しずつ違和感が増えていった。
会議で意見を出しても、
同じ内容を男性社員が言うと、
「それいいね」と採用される。
システム担当として入ったはずなのに、
女性だからという理由で雑務を頼まれることもあった。
「彩音ちゃん、お願い」
その言葉に悪意はない。
だから断りづらい。
美咲も同じだった。
ある日、昼休みに二人で食事をしていた時。
美咲が言った。
「ねえ、私たちっていつまで新人扱いなんだろうね」
彩音は苦笑した。
「もう五年目なのにね」
男性同期は、
少しずつ名前で呼ばれるようになっていた。
担当者。
リーダー候補。
プロジェクト責任者。
でも女性社員は、
いつまでも柔らかい呼び方のままだった。
そして、
仕事とは別の問題もあった。
年上の男性先輩からの誘い。
飲み会で隣に座られる。
休日の食事の誘い。
断っても、
「そんなに構えなくてもいいのに」
と言われる。
相手に悪気がないことも分かっていた。
でも、
断る側には負担が残る。
仕事なら頑張れる。
難しい案件も、
厳しい期限も、
責任も受け止められる。
でも、
仕事と関係のないところで消耗する毎日は違った。
ある夜。
終電前のオフィス。
彩音は一人でパソコンを閉じた。
窓に映る自分を見る。
二十七歳。
まだこれからだと思った。
環境を変えよう。
逃げるのではなく、
自分が成長できる場所を選ぼう。
そう決めた。
翌月から転職活動を始めた。
そして選んだのは、
中堅商社の情報システム部門だった。
最初は戸惑った。
ベンチャーとは全く違う。
全国の拠点。
複雑な業務。
長年使われてきた基幹システム。
一つの変更にも、
多くの部署との調整が必要だった。
けれど、
面白かった。
システムは会社の土台だった。
見えないところで、
たくさんの人の仕事を支えている。
基幹システム更新。
全国拠点対応。
DX推進。
経験を積むほど、
仕事の幅は広がっていった。
三十代後半。
彩音はグループリーダーになった。
後輩を育てる立場になった。
昔の自分のように、
迷う若手もいる。
だから伝えたかった。
仕事は楽しい。
でも、
働く場所は選んでいい。
そんなある日。
全社会議が開かれた。
新しい役員体制。
組織変更。
そして新任管理職の紹介。
彩音は後方の席で資料を見ていた。
「続いて、新任部長をご紹介します」
会場が静かになる。
壇上へ一人の男性が上がった。
落ち着いた雰囲気。
派手ではない。
けれど、
不思議と目を引いた。
人事部長が紹介する。
大手企業から転職してきた人物。
そして、
名前が読み上げられた。
「情報システム本部長、正人さんです」
拍手が響く。
正人は一礼した。
「皆さん、はじめまして」
穏やかな声だった。
強い言葉ではない。
でも、
人を安心させる話し方だった。
彩音は顔を上げる。
その時はまだ知らなかった。
この出会いが、
自分の人生に静かな追い風を吹かせることになるなんて。
窓の外では、
初夏の風がビルの間を流れていた。
つづく
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第二話|白いアウディは、まだ海を走っていた
▶同級生シリーズ第一部 かおりと正人の青春編
マガジン|同級生 ─流れゆく季節の中で─
▶同級生シリーズ第二部 かおりと正人の再会編
マガジン|同級生 -after 15 years-
▶ 同級生シリーズ第三部 かおりと正人の黄昏編
マガジン|同級生(最終章) So Long
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