四月になれば彼女は
4月の朝、駅のホームで真新しいスーツの集団を見るたびに、僕は決まって耳を塞ぎたくなる。彼らの放つ「期待」という名の落ち着かない空気。
それが作り出す喧騒。
それでも、その言葉が心に微かな足跡を残したのは、かつて自分も同じような「青い確信」をポケットに入れて歩いていた時期があったからだろう。
40年以上も前、僕もその群れの中にいた。けれど、今の僕にとっての四月は、新生活の始まりなどではない。それは、一枚のレコードを引っ張り出すための「言い訳」に過ぎなかった。
サイモン&ガーファンクルの『四月になれば彼女は』。
針を落とせば、あの透き通ったハーモニーが部屋を満たす。
けれど、その甘美な旋律に騙されてはいけない。
この曲は春から夏にかけて時間の経過を追いかけている。
4月に来た彼女は、8月には愛を殺し、9月には消える。
「永遠」を歌うフリをして、この曲は「残酷なまでの時間の経過」を突きつけてくる。
「明日にかける橋」であれほど希望を歌い上げた彼らだが、この曲の展開はそのメロディーとは裏腹に、なかなかに容赦がない。
当時の僕は、その非情さに打ちのめされた。
そして今、40年経った僕はこの曲の「正しさ」を噛み締めている。
その時は、未来がこんなにも静かだとは思っていなかった。
かつて信じた「永遠」は、今やレコードの溝に詰まった埃だ。
針が飛ぶ。
思い出も飛ぶ。
それでいい。
無理に再生ボタンを押して、かつての熱狂を呼び戻そうとは思わない。
僕の錆びついた受信機には、今の静かなノイズがちょうどいいのだ。
今年もまた、駅の構内を慣れない足取りの新入社員が通り過ぎていく。
彼女は来る。そして、必ず去る。
その足音が遠ざかるのを、僕はただ漠然と見送っている。
もし今も、「青い確信」をポケットに入れて歩いていたとしても、
僕はそれを追いかけないだろう。
散り際の桜の匂いが部屋に流れ込んできても、僕はレコードを裏返さない。
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