転生期とは、自分を見る目が変わること。
前回の記事ではKLCPは、全員が転生期まで進むわけではない。
そんな話を書きました。
では、転生期までたどり着いた人には、何が起きているのでしょうか。
私は以前、転生とは人生が劇的に変わることだと思っていました。仕事が変わる。環境が変わる。夢が叶う。そんな大きな出来事が「転生」なのだと。
でも、実際に私が見てきた変化は、もっと静かなものでした。
25年ぶりに、社会へ出た話
少し、私自身の話をします。
25年ぶりに社会へ出たとき、
Excelができず、
ため息をつかれたことがありました。
それでも、学び直すことを選びました。
シンガポールでは、
英語が出てこなくて、
落ち込んで帰国しました。
それでも、
「もう一度挑戦してみよう」
と思えました。
このとき私に起きていたのは、能力の変化ではありません。Excelが使えるようになったから前を向けたのでも、英語が話せるようになったから再挑戦できたのでもない。
まだ何も「できる」ようになっていない段階で、
もう一度やってみようと思えた。
それが、転生でした。
転生とは、自分を見る目が変わること
転職した。資格を取った。英語が話せるようになった。本を出版した。
そうした出来事は、転生の「結果」かもしれません。でも、それ自体が転生ではありません。
転生とは、能力が変わることではない。環境が変わることでもない。
自分を見る目が変わること。
以前の私は、
「私は続かない人」
と思っていました。
今は、
「私は続ける工夫をする人」
と思えます。
以前は、
「失敗したら終わり」
でした。
今は、
「失敗も途中」
と思えます。
能力より先に、自分をどう捉えるかが変わる。だから同じ壁にぶつかっても、以前とは違う行動を選べるようになります。「また挑戦してみよう」「分からないから聞いてみよう」「今日は10分だけ続けよう」。特別な能力ではなく、そんな小さな選択を選べる自分に変わっている。それが転生期の実態です。

転生は終点ではない
転生期に入っても、迷います。落ち込みます。止まる日もあります。
でも、もう以前の場所には戻りません。世界の見え方が変わってしまったからです。
だから、新しい挑戦を始めれば、またKLCPは始まります。
私は、KLCPを成功するための理論にはしたくありません。人を、変われた人と変われなかった人に分ける理論でもありません。
人は、感情が動き、世界の見え方が少し変わり、その積み重ねの中で、自分との付き合い方を書き換えていきます。私は、その過程をKLCPと呼んでいます。
そして転生期とは、ゴールではありません。新しい自分で、また最初の一歩を踏み出す場所です。
だから私は今日も、新しいKLCPを生きています。
とはいえ、
「また最初の一歩」
と簡単に言えるほど、
実際の停滞期は軽くありません。
転生期に入った後、
何度も止まる自分と、
どう付き合っていくか。
次回は、その話をしようと思います。

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