実質6浪から就職へ。苦難を乗り越えて再び人生のレールに乗る(#多浪の就職活動編#18)
こんにちは。実質多浪の社会人のロクです。
実質6浪、24歳で大学に入学。
同年代から6年遅れた26歳からの就職活動…。
『実質6浪から大手内定を掴むまでの26歳新卒の就活サバイバル記』
ハンデを抱えた就活生や逆境に挑むすべての方に、少しでも勇気とヒントを届けたい。そんな想いから記事を書きました。
前回の話はこちら。
実質6浪で入った大学を無事に卒業するまで
内定をもらったのは大学4年生の4月下旬。あとは卒業を迎えるだけです。
大学1年生の頃は、慣れない大学生活に苦戦して単位を落としてしまいましたが、2年生以降にリカバリーを重ねた結果、4年生の前期には必要な単位をすべて取得し卒業要件は満たしていました。
しかし、せっかく実質6浪をして入った大学。後期も将来役立ちそうなビジネス系の講義をフルで受講しました。
大学入学当初は多浪を恥ずかしいと思い、その事実を隠していました。
しかし、私は4年生の頃には自分が実質6浪であることを周囲にオープンにしていました。
そのおかげか、後期には先生から声をかけられ、就職活動の体験談を他の学生に講演する機会もいくつかいただきました。
実質多浪として100社以上エントリーして最後に得た内定までの道のり。講演後に興味を持って話しかけてくれる学生もおり、当時とても嬉しかったのを覚えています。
こうして私は無事に大学を卒業することができました。
入社に向けた準備
大学4年生の10月に内定式に出席。同期となる学生たちとも顔合わせをしました。
同期との会話でも、私は実質6浪であることをオープンにしましたが、周りは特に気にする様子もなく、雰囲気もとても良かったです。
私が内定を得たのは、大手鉄道会社の現業職(駅員・車掌・運転士)です。もともと高卒採用枠だった職種が、私が受けた時には大卒採用が主流になっていました。9割が大卒、1割が高卒です。大卒枠の出身大学は私立、国公立から早慶上智まで様々でした。
私がこの会社に応募した時はちょうど現業職の大卒枠が拡大された時期です。採用は本当に「縁と運」だと思いました。
翌年の大学4年生の3月。無事に卒業証書を受け取り、先生や友人たちと別れを惜しみながら大学を後にしました。
大学1年生の頃、私は多浪であることを気にしすぎてコンプレックスを抱え周囲に対し壁を作ってしまい、友人もほとんどできないまま孤独な大学生活を送っていました。
しかし、大学2年生以降は自分から少しずつコミュニケーションを取るようになり、卒業時には先生や友人と別れを惜しむほど親しい関係を築くことができました。その瞬間はとても感慨深いものでした。
過去を振り返って思うこと
高校卒業後にフリーター生活を約3年間送り、突然思い立って大学受験を始めた私。
知識ゼロからのスタートで合格までに3年かかりました。
周囲からは「今更大学?」と言われていたと後になって知ります。
実質6浪で大学に入った後も「この年で大学に入っても意味がない」と言われていたとも聞きます。
私は人よりも多くの時間を浪費し、回り道をしてしまいました。
学費は自分で賄ったものの両親に心配や迷惑もかけてしまいました。
しかし、あの時あきらめず大学を目指していなければ、今の自分はなかったと感じています。
「実質6浪でも大学に行く意味はあった」と22年経った今なら胸を張って言えます。
最後に伝えたいこと
私は28歳になって社会に出ました。長い長い回り道の末に見えたことがあり、もし同じように悩んでいる方がいたら、2つ伝えたいことがあります。
1.悩んだときは周囲に相談し助けを求めること
家族、友人、先生などに話すだけでも、客観的な視点を得られます。私は就職活動で悩んだときにキャリアセンターに相談したことで道が開けました。
一方で、大学受験の勉強時代は誰にも相談せず、独りよがりで進めていたことが、浪人生活を長引かせた原因だったと、今になって感じています。
2.最も大切なのは決してあきらめないこと
信念を持ち続け、最後までやり抜くことが成功への鍵です。心ない言葉に惑わされず、自分の道を貫くことを大切にしてほしいです。
今回で本編は終わりです。
私のこの体験談が、悩みを持つ多くの人に届くことを願っています。
今後は、定期的にお役立ち情報や新卒後の話も発信していきたいと思います。
