見出し画像

管理職は、どこまで管理するべきなのだろうか。

組織の再建について話し合う会議に参加した。

経験豊富な専門家から、組織を安定して運営するための仕組みが次々と示された。

役割を明確にする。

業務を標準化する。

マニュアルを整備する。

属人化を減らし、誰が担当しても一定の水準を保てるようにする。

どれも正しい。

組織の成果を安定させ、生産性を高め、より良いサービスを提供し続けるためには、必要な考え方だと思う。

反論する理由はなかった。

それでも、話を聞いているうちに、少し息苦しさを感じた。

なぜだろう。

考えてみると、私は仕組みそのものを嫌っているわけではなかった。

マニュアルが不要だとも思わない。

属人化を放置してよいとも思っていない。

ただ、正しい仕組みが積み重なるほど、そこで働く人が自分で考える余地まで狭くなっていくように感じたのだ。

私がいま任されている組織にも、問題はある。

悪く言えば、個人の経験や力量に依存している部分が少なくない。

誰かが休めば、業務が滞ることもある。

引き継ぎが十分でないこともある。

管理職として見れば、整えなければならない点は確かにある。

しかし、その組織には、別の強さもある。

想定外のことが起きたとき、すぐに正解を上に求めるのではなく、それぞれが状況を見て考える。

マニュアルに書かれていないことでも、周囲と相談しながら、自分なりの判断で動こうとする。

「決められていないからできません」ではなく、

「今できることは何か」

を考える姿勢がある。

それは、単なる属人化とは少し違う。

一人ひとりの中に、現場で培われた判断力が育っているのだと思う。

もちろん、その判断がいつも正しいとは限らない。

人によって対応が変わる危うさもある。

だから、仕組みは必要だ。

しかし、仕組みを整えることによって、現場の判断力まで弱くしてしまっては本末転倒である。

管理の目的は、管理することではない。

組織として成果を出し続けることである。

より良い仕事をし、より良いサービスを提供し、組織を持続させることにある。

だとすれば、考えるべきなのは、ルールの数ではない。

その仕組みが、本当に成果につながっているか。

人の力を引き出しているか。

それとも、人が考えなくても動ける仕組みを増やしているだけなのか。

そこを見極めることが大切なのだと思う。

管理職になると、仕組みを増やす方向へ進みやすい。

問題が起きれば、ルールを作る。

ミスが起きれば、確認項目を増やす。

情報が行き届かなければ、会議を増やす。

それは、とても分かりやすい解決方法だ。

何かを一つ加えれば、対策を講じたように見える。

一方で、ルールを一つ増やせば、現場が判断する場面は少し減る。

確認を一つ増やせば、仕事のスピードは少し落ちる。

会議を一つ増やせば、誰かの時間を使うことになる。

仕組みを整えることには、大きな価値がある。

その一方で、現場から少しずつ奪われていくものがあることも、忘れてはいけないのだと思う。

だから管理職に求められるのは、仕組みを増やすことだけではない。

どこまで仕組みに任せ、どこから人を信じるのか。

その組織にとって、本当に必要な仕組みは何か。

そのバランスを考え続けることなのだと思う。

すべてを人の経験に任せれば、組織は不安定になる。

すべてをルールで縛れば、人は判断しなくなる。

その間のどこに線を引くか。

そこに、管理職としての考え方が表れるのだと思う。

私は、100点に見える組織を作りたいわけではない。

必要な水準を保ち、成果を出しながら、人が自分で考える余地も残っている。

多少の不揃いさがあっても、想定外の出来事に柔軟に対応できる。

誰かの指示を待つだけではなく、自分の頭で考えて動ける人が育つ。

そんな組織の方が、長い目で見れば強いのではないかと思っている。

整いすぎていないことは、必ずしも未熟さではない。

余白が残っているからこそ、人が考え、工夫し、成長できることもある。

正しさは、組織の再現性を高める。

余白は、人の判断力を育てる。

管理職とは、そのどちらかを選ぶ仕事ではない。

成果を落とさずに、どこまで人を信じられるか。

その境界線を考え続ける仕事なのだと思う。い

いいなと思ったら応援しよう!