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AIの答えを、どこまで信じるか。育児で使いながら決めている「線引き」の話(AIと暮らす3)

AIが「安全」と判定したキノコを食べた子どもが深刻な中毒になった、と伝えられる海外の報道を見かけました。抱っこでニュースを流し読みしていた手が、少し止まりました。わが家でも育児のそばでAIを使っているからです。

背景

以前の記事で、育休中の家事や育児をAIに手伝ってもらっている話を書きました。そのときに「医療の判断はAIに任せない」とも書いたのですが、最近のAIをめぐるニュースは、誤った答えの実害や、過信への警鐘のような論調が増えている印象です。便利さの話だけでなく、どこで線を引いて使っているかを一度まとめておきます。

以前の記事はこちらです。

https://note.com/noteshirokuma/n/nf6ca41304761

実際にやったこと

わが家でAIを使うときのルールは、実質的に3つに落ち着きました。

  • 健康・安全に関わることは、AIを「入口」までにする:赤ちゃんの体のこと、食べ物の安全のような話は、AIの答えで判断しません。聞くとしても「どこで確認すればいい?」という調べ物の入口までで、判断は小児科・自治体の窓口・公式の情報に当たります

  • 子どもの個人情報は入力しない:名前や写真、健康状態の細かい記録は、便利でもAIに渡さないと決めています

  • 「それ、出典ある?」と聞き返す:事実っぽい答えが返ってきたときに、根拠を尋ねる一手間を挟みます。ここで急に歯切れが悪くなる答えは、いったん保留にしたほうがいい答えです

逆に、献立の相談、買い出しリストの整理、文章の下書き、調べ物の要約といった「間違えてもやり直せること」は、ほぼ全面的に任せています。任せる範囲を広げたからこそ、任せない範囲をはっきりさせる必要が出てきた、というのが実感です。

気づき

線引きの基準は、突き詰めると**「間違えたときに、取り返しがつくかどうか」**の一点でした。献立の失敗は笑い話になりますが、体や安全の判断ミスは取り返しがつきません。AIの精度が上がるかどうかとは別の話として、この基準は当分変えないつもりです。

もうひとつの気づきは、線引きを決めてからのほうが、むしろ気楽にAIを使えるようになったことです。「どこまで信じていいんだろう」と毎回迷うのは、それ自体が結構疲れます。先に決めてしまえば、任せる場面では安心して手を抜けます。

同じ状況の人へ

AIを使うことと、AIを信じることは、分けて考えていいと思います。全部信じるか全部使わないかの二択ではなくて、「ここまでは道具、ここからは専門家」という自分の線を一本引いておく。子育ての場面では特に、この一本があるだけで、便利さと安心を両方取れる気がしています。

次に試すこと

線引きの内側(任せていい側)の具体的な使い方を、もう少し増やしていきたいです。うまくいったものがたまったら、また記事にしようと思います。


育児中のITエンジニア会社員。育休を、家族と学びを積み上げる期間にできるか実験中です。

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