《超適当雑記141》2025年9月29日(月)【母親~氷解する思い~⑤】
〚3560文字〛
こんばんは。入谷です。
まず感謝とご報告についてお伝えします。前回までの記事について、マガジンにてご紹介していただいた方々へお礼申し上げたいと思います。
■感謝とご報告〚418文字〛
clutch0105さま
momoさま
ペリンさま
メルト&クリエイトさま
YOR(ヨル)さま
の5名の方より、以下の記事、
について、
マガジンへ追加していただきました。
取り上げてくださり、いつも感謝しております。皆様のご好意がとても励みになっております。どうもありがとうございます。
お陰様で新たな方々との繋がりも出来ました。
今後とも宜しくお願い致します。
※ ※ ※ ※ ※
明日見健作 青春の旅 さま
からは、こちらの記事、
について、
マガジンに追加していただきました。
そんな記事を書いた時もありました。今改めて一つ一つ楽しんで行けたらと思います。
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます。大変感謝です。
どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。
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りこ@一生養生 さま
より、こちらの記事、
について、
マガジンに追加していただきました。リンゴ風呂に使った林檎ってどうするのだろうと思いながら入った温泉でした。
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます。大変嬉しく思います。
どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。
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■母親~氷解する思い~⑤〚2862文字〛
前回『母親~氷解する思い~④』はこちら。↓ ↓ ↓
・容態急変と動揺・
2016年8月24日/水曜日。母親が脳梗塞で入院して2日目。
昨夜は、片付けしながら眠ってしまったようで、朝起きると、リビングが引っ越しの後のようでした。
必要なものをキャリーケースに詰めて、昼過ぎに実家を出ました。途中駅で元妻を乗せ、一緒に病院へ向かいます。
病院へ到着すると、点滴に繋がれた母親がテレビを見ており、存外元気そうにしていて、起き上がって話ができる状態だったのでホッとしました。
ずっと麻痺側の左手を閉じたり、開いたりしながら自主的なリハビリも行っていたようです。
母親は元妻が会うのが久しぶりだったので話し込んでおりました。
その合間に僕はナースステーションへ挨拶に行き、母親の様子について聞きました。
現段階で変わりはないが、母親は何かあっても言わないので、息子さんから注意してあげてください、と言われました。
確かに脳梗塞の症状があっても仕事へ行こうとした人なので、異変があっても言わないのかもしれません。
変だと思ったらすぐ申し出るように伝えましたが、母親は、それが症状なのか、分かり難い時があると話していました。
それが心配でした。
その日はそれで帰ったのですが、
翌日25日、病院へ行くと、事態は急変していました。
病室に母親がいません。
不吉な予感が再度再燃します。
どうやら緊急MRIのため、下へ降りていたようでした。
看護師から事情を聞くと、めまいがする、反対側の右手が重いなどの症状が今朝方からあり、新たな病変がないか確かめているとのことでした。
しばらくして母親が戻ってくると、ぼんやりしていて、喋り方ももつれているように感じました。母親は、寝姿勢による腰の痛みと、病状悪化の心配でから夜は寝不足だったことに加え、薬剤を追加されていたためか、話をしている間に眠ってしまいました。
荷物を整理していると、看護師から呼ばれました。
ナースステーション奥の診察室で主治医から病状について説明されます。
いきなり、ここ数日が山で、最悪なことも覚悟しておいてください、と。
これからどんどん悪くなっていくか、症状が止まるかの瀬戸際。急激に症状が悪化してしまう可能性が高いとも言われました。
もともとラクナ梗塞は毛細血管の血栓の詰まりであり、基本的に薬剤の点滴で血液をサラサラに保つ以外の治療は行わず、本人の自己治癒力に掛かっているそう。
最初の病院であったように、画像に映らない場合があることも踏まえ、注意しなければならず、適宜MRIをしていくということでした。
その日は面会時間の終了になるまで、眠っている母親のそばにいました。
規則正しく落ちる点滴の雫が心にも落ち、気持ちを揺らします。
ここ数日が山。
最悪なことを覚悟。
急激に症状が悪化する可能性が高い。主治医の言葉が耳の奥で何度も繰り返し聞こえます。
母親の顔を見ていると、こんな造作だったのかと気付きました。母親の顔をまじまじと見たことなんて子供の時以来ありません。
それは必死に生きてきた人間の顔でした。いつの間にか老けて、深く刻まれたシワの一つ一つに苦労や悲しみが宿っていました。
どんな母親でも母親は母親。元気なうちにもっと話しおけばよかった。会っておけばよかった。向き合わずに来たこと、悔やみました。
帰り道、自分では平常心のつもりでした。
が、相当動揺しているらしく、いつも通り慣れている高速のインターを違えて、高速から降りられず、一瞬帰り道をど忘れしてしまうほどでした。
考えを整理する時間を与えられたのだ思い、
そのまま湾岸道路を進み、幕張、浦安、川崎と来て、アクアラインを通って、東京湾を一周してしまいました。
途中、海ほたるで会社から仕事の引き継ぎの電話があり、その後で状況報告の電話を義実家に掛けました。
情けないことに、元妻からは、しっかりしろと怒られてしまい、そこで我に返りました。
・後悔と気付き・
実家に着いたのは午前0時頃でした。
昨日の続きをしようと部屋を片付けますが、どうにも落ち着きません。
古紙を束ねていると、昔の旅行冊子がありました。旅行会社から送られてきたパンフレットのようです。
表紙は東北の紅葉特集で、その中に見覚えのある観光地を見つけます。
岩手県平泉にある中尊寺。
僕は以前、そこへ行ったことがありました。
あれはいつのことだったのか。
気が付くと、納戸から古びたダンボール箱を引っ張り出していました。
中には、旅行ツアーの日程表や地図、旅行先で撮った写真、観光施設の入場券などが入っていました。
そこから中尊寺に行った時のものを取り出します。
その時まで忘れていたのですが、僕は高校時代、たまに母親と旅行に出掛けることがありました。勿論、数える程の旅行でしたが。
反抗期の少年は親と旅行へ行くことに抵抗があったものの、
中尊寺の時は、どうしても行きたいという母親の物凄い熱量に押され、渋々参加した2泊3日のバス旅行だったと思います。
寝っ転がって、アルバムをパラパラめくってると、中尊寺で撮影したものの中に、峯薬師堂というお堂の写真がありました。
アルバムに挟まっていた中尊寺の案内表を見ると、峯薬師堂は、全国でも珍しい、目に利益のある薬師如来を祀る、お堂だったことが分かりました。
ふと目線の先の神棚に、最近飾られた祈祷札を見つけます。
それは近所の神社のものでしたが、母親は旅行先の寺や神社に行くと御朱印を集め、お守りや祈祷札を買い、お香の煙を浴びて、必ず絵馬を書いていたことを、突然思い出しました。
旅行先は主に景色の綺麗な景勝地や寺社仏閣がほとんどだったのですが、
愛知県豊田市にある香嵐渓に行く流れで、静岡県袋井市の油山寺という、目の寺に参拝したこともありました。
何度も恐縮ですが、僕は高校受験を目前に控えた中学3年の9月に、突如ぶどう膜炎という眼病を発症しました。それが緑内障に移行し、同級生と一緒に受験をすることができず、昼間の通院に都合の良い、定時制の高校に行くことになりました。
入学当初から不貞腐れ、時間を持て余して、アルバイトや夜遊びに明け暮れる日々を過ごしておりましたが、母親のことはいつも頭にありました。
バイト代を入れるようになったことが、旅行するきっかけなのですが、旅行は、母親自身が行きたいからだとずっと思っていました。
でも僕は気付いてしまった。
母親は、目を患った息子にたくさんの景色を見せてやりたかったのだと。急に分かってしまった。突然。
コースに寺社仏閣が必ずあったのは、息子の健康を願ってのことだったということ。
肉体的にきつい、多忙な仕事と、少ない給料の中でやりくりをしながら、母親は無理して僕を旅行
に連れて行ってくれたこと。見てしまった。
疎遠になった今も、僕が名前が書かれた闘病平癒の祈祷札を神棚に飾ってくれていることを。
いつも持ち歩いてる目薬のポーチに中に、あの時母親に買ってもらった、目のお守りを常に入れて
あったことを。僕は何故知ろうとしもしなかったのだろう。
目は治らなかったけれど、母親の優しい気持ちが嬉しかった。
それだけで良かったのかもしれない。
アルバムを1頁めくる度、1粒なみだがこぼれます。
次回《母親~氷解する思い~⑥》へ続きます。
※ ※ ※ ※ ※
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。
皆様の明日が明日が素晴らしい1日になりますように。
