基調セミナー「『弱さ』を引き受けるからこそ、『強い』組織になれる」講演録 「持続可能な看護組織を考える」プロジェクトの軌跡②
マネジメント・コンパスの開発
先ほど、「2018年度にマネジメント・コンパスの原形を開発した」と言いました。この開発の経緯について少しお話しします。
2017年にPDPについて様々なところでお話しさせていただくなかで、「今、自分の施設では目標管理やBSCを導入しているが、それらの中でPDPをどう活かせばいいのか?」とか「私たちの施設では、各部署はSWOT分析を使って管理目標を立てることになっているが、SWOT分析とPDPはどう違うのか?」といった質問をたくさんいただきました。やはり師長は管理者として、何かしらの目標管理、つまり「この部署をどうしていくのか?」「チームをどんなふうに育てていくのか?」という前向きなことを考える力が求められているということを認識しました。そこで、看護管理者が目標を立ててアプローチしていくことを支援するツールとして考案したのがマネジメント・コンパスです。
PDPは、困っているところでへこたれそうになっている人たちに、明日からすぐにできる、まさに「す・じ・こ」な解決策を見つけて、少しずつでも実践していけるようにするというもので、基本的に「なにか穴があれば埋める、マイナスをゼロにする」という発想のアプローチです。しかし目標達成は、凹んでいるところを埋めていくのではなく、ゼロの状態からプラスのものを着実に積み上げて新たなステージへと上がっていくという営みであり、半年や1年、時には3年以上かけて、徐々にステップアップしながら進めていくという息の長い取り組みが必要です。穴埋め的な問題解決アプローチと、着実にステップアップしていく目標達成のアプローチでは大きく質が異なるため、同じように取り組んでもうまく計画を立てることができないし、部下たちの気持ちや思考もついていくことができないのではないか、だから、部署の課題を「目標」と「問題」に分けて整理するという発想が大事なのではないか。そう考えたのが、MCチャート開発の始まりです。
目標達成の「プラスのものを着実に積み上げて新たなステージへと上がっていく」という特徴は、実は人を教育するときのアプローチとよく似ています。そこで、もともとは院内の教育担当者向けに開発していた「教育計画立案シート」を目標達成のためのシートに改良し、「ロードマップ」というメソッドを編み出しました。
これで、PDP、MCチャート、ロードマップという、マネジメント・コンパスを構成するメソッドがすべて出揃いました。
マネジメント・コンパスの全体像
下記の図がマネジメント・コンパスの全体像です。

図に斜めの線が入っています。一番右側の「PDP」と「行動計画」が、認定看護管理者教育のファーストレベル、つまり主任レベルで身につけるべき職能にあたります。ファーストレベルの管理者は、まず自部署の問題などについてPDPを使ってきちんと分析し、具体的なアクションプランを立て、PDCAをしっかりと回して解決していくことが求められます。
現在、私は様々な看護協会のファーストレベル研修で、統合演習を担当させていただいています。基本的には部署の問題や困りごとをピックアップし、それについてPDPでグループメンバーの支援を受けながら分析し行動計画を立て、後日自部署でその行動計画を実際にやってみてどうなったか?という振り返りを発表してもらう、という内容になっています。
次に、図の真ん中の部分、「MCチャート」と「ロードマップ」、そして「MCサーベイ」という項目が、セカンドレベル、つまり師長レベルの職能として示されています。師長の職能としては、今自部署はどんな問題を抱えていて、どんな部署になることを目指しているのか、また看護部や病院からはどんな期待や方針を提示されているのか、という全体像を描いて部下に示していくことが求められます。MCチャートは部署の課題の全体像を示すためのツールですが、MCチャートを作成する際には、スタッフの声を直接聞いたり、あるいはMCサーベイなどの職務満足度調査のデータから部署の問題を発見するなどして部署の状況を把握することが重要になります。
また、師長に求められるもう一つの職能が、部署のあるべき姿を思い描き、目標を設定して、ロードマップを用いて目標達成までの道のりを描き、スタッフを引っ張っていくというものです。現場の看護スタッフは、患者さんの問題解決が主な職能であり、ファーストレベルではその延長として部署の問題解決が求められるわけですが、師長にはそれより高度な職能が求められるのです。
最近では、セカンドレベルの研修の統合演習にも関わらせていただく機会があります。まず、ニーズ分析や職務満足度調査の結果などの様々なデータを用いながら、自部署の課題をチャートに書き出してもらいます。そして、チャートに「目標」として挙げたものの中から一つ選んでロードマップを展開し、行動計画を立てるという一連の展開を経験していただくという内容になっています。
図の左側の、サードレベル、副部長・部長クラスになると、今度は病院の経営方針を受けつつ看護部全体としての目標を立て、各部署がそれに向かってどのように連動するのか考えることが求められます。病院全体の動き、看護部としての動き、各部署の動きをつなげていく役割を担うのです。
おそらく多くの病院において、目標管理は、看護部が大きな看護部目標を立て、その看護部目標を見ながら師長や委員が自部署や委員会の目標に落とし込む、ということがなされているのではないかと思います。しかしマネジメント・コンパスでは、各部署や委員会の小さな目標に落とし込んでいく責任は、どちらかというと看護部側にあると考えます。看護部側は、漠然とした大きい目標だけを出して、「あとはうまいこと自分たちで解釈してね」と丸投げするのではなく、性質も役割も違う個々の部署に対して、「私たちの大きな看護部目標は、あなたたちの部署の性質に沿って落とし込むとこういうことになるよ」とか、「こういうことを実現してくれたらありがたい」と、個別化してはっきり伝えていく役割を、副部長さんに担ってほしいと期待しているのです。
もちろん副部長は、現場の部署の状況をそこまで詳しくは知らないので、副部長と師長が対話していくことが前提です。「病院、看護部としては今こういう方針がある。あなたの部署でいうと、こういうことなんじゃないかと思うけれど、それを聞いてどう思う?」と副部長が持ちかけ、師長の側も「それってこういうことですか?」「それは少し荷が重いです。今の部署の状況はこうで〜」といった率直なやり取りをしていくなかで、病院や看護部の方針が、それぞれの部署に最適なかたちで、課題として落とし込まれていくようになります。
基本的な考え方が固まる
マネジメント・コンパスの開発と前後して、「持続可能な看護組織を考える研究会」としての基本的な考え方がある程度固まりました。
まず、私たちの目指す看護組織のあり方は「学習する看護組織」です。どこかに管理の手法や組織の「正解」の姿があり、それに向かって突き進んでいくというよりは、目まぐるしく変化し続ける世の中の荒波の中でも、みんなで試行錯誤しながら、常に学び変化に対応し続ける、そういう看護組織を私たちは目指していく、というのが、私たちのビジョンです。そしてそのビジョンを実現するための方法論がマネジメント・コンパスです。PDPやロードマップも、その中に含まれます。そして、そういう活動を行っていくときの管理者の学びの基本原則が、先ほど紹介した「看護管理者の継続学習指針」です。
本プロジェクトの基本的な考え方

コロナ禍による変化とアプリの普及
2019年度にはマネジメント・コンパスの研修プログラムをリリースしました。そして、文科省事業の時代からこの活動に深く関わってくださっていた三重大学医学部附属病院で、マネジメント・コンパスを使った管理実践が初めて導入されました。
しかし、この年度の終わりに新型コロナウイルス感染症の流行が始まったため、翌年度以降からは対面での研修が難しくなってしまいました。ほかにも、会議をたくさん開けなくなったり、MCチャートやPDPの紙などを持って集まったり、じっくり時間をとって対話したりという機会がとれなくなり、マネジメント・コンパスに関する取り組みが一旦すべてリセットされてしまったという感覚がありました。
ですが、そういった環境のなかで、2019年度からリリースしたMCチャートアプリの試作版が役に立つようになりました。コロナの時期は病院を取り巻く状況が刻一刻と変化し、どの部署もそれぞれ対応に追われていたため、看護管理の状況を可視化して「今何をやっているのか」が互いにわかるようにしないと回らない、という状況に多くの施設が直面しました。オンラインで状況を書き込み、直接集まったりしなくても共有できるアプリがあることで、看護管理の過程の可視化が進んだのです。
2022年度には、MCチャートアプリをリニューアルし、MCチャート・PDP・ロードマップ・アクションプランをWeb上で統合的に管理できるようになりました。医療の現場で、一人の患者さんについて、治療やケアの方針、実際に行った処置などを電子カルテで統合的に管理するように、マネジメント・コンパスも「看護管理のカルテ」に一歩近づいてきたと感じます。
図3. MCチャートアプリ画面イメージ

「MC協働学習会」の立ち上げと軌跡
また対面研修が軒並み中止になり、逆にe-learningでの学習が急に当たり前のものになっていったことも一つの転機でした。これまで、Zoomなんて聞いたこともないという人がほとんどだったのに、1年ほど経ったらZoom研修がいつのまにか当たり前になっていたのです。こういった激変が起こるなか、「せっかく場所のハードルを超えてオンラインでつながれる時代になったのだから、MCについて熱心に取り組んでいる施設同士が、お互いに学び合えるような機会を作ったら良いのではないか」と考え、「MC協働学習会」を立ち上げました。2020年度から準備を始め、2021年1月から、当初は5施設で集まって、毎月Zoomで1時間半ぐらいの学習会を行うという取り組みを開始したのです。
2021年度は、MC協働学習会で互いに支え合いながら学びを深めていきました。どの医療機関でも、マネジメント・コンパスに取り組むとなると、どうしても私が「先生」となって看護管理者の方々に何かを教えるという関係になってしまいがちなのですが、私自身もここまでお話ししてきたように、最初から正解を見出して現在のような取り組みを展開してきたわけではなく、看護管理者の方々とお話しし、共に学び、都度新たな発見をしながら試行錯誤して今に至っています。ですからMC協働学習会の場では、「看護管理の『正解』を教えてもらって、それを粛々とやっていく」というモデルから、「正解が分からないなかで、分からないなりに試行錯誤して、みんなでちょっとずつ学び合っていく」という組織学習的な形に少しずつ転換していきたいと考えており、参加施設の方々にもそうした私の思いを共有しながら開催してきました。私自身もこのMC協働学習会で、いろいろな気づきをたくさん頂き、看護管理に関する考え方が非常に深まったと感じています。
そして2021年頃からは、ファーストレベル教育の統合演習においても、私が一人でひたすらファシリテーションを行うのではなく、すでにファーストレベル研修を終えた認定看護管理者の方々などにファシリテーターとして来ていただき、看護管理者同士でPDPを支援するという形が確立していきました。支援する看護管理者の皆さんは、PDPについて何でも知っているエキスパートというわけではありません。しかし、PDP の経験を何度か積むことで、対話だとか、具体を引き出して細かくすることだとか、そういった様々なポイントの重要性を他の人より多く実感しているはずです。そういう人であれば、グループの対話がストップしないようにとか、誰かが独善的に話を進めないようにとファシリテートしながら、みんなでわからない問題を一緒に解いていく場を作ることができるのです。そういう、看護管理者自身によるPDPの演習支援の形がだいぶ固まってきたように感じます。
2022年度からはMC協働学習会の参加施設を順次増やしていき、今は10施設くらいが参加しています。数少ない施設で同じメンバーばかりでやっていても、いずれはマンネリ化してしまいます。これはどんな場面での学びにも言えることですが、経験を積み、色々なことをできるようになった施設が、だんだん次の新しい課題に取り組んでいき、マネジメント・コンパスを始めたばかりでこれから頑張っていきたいという施設が新たに入ってくる、といった新陳代謝がないと、学びは深まっていきません。常にフレッシュな学びの環境を作るため、MC協働学習会でも、そういう新陳代謝をしていかなければと思っています。
「MC組織開発マップ」の開発
2023年度は、これまでの様々な取り組みから得られた知見の統合が進んだ年になりました。中でも最も大きかったのは、MC協働学習会参加施設の皆さんの、マネジメント・コンパス導入の軌跡を分析することで、看護組織が「学習する看護組織」になっていくまでのプロセスがかなりはっきり見えてくるようになったという点です。その知見を「MC組織開発マップ」*というものにまとめ、今後広く普及させていく予定です。また、学習する看護組織を目指すためのテキストとして、師長さんや主任さんがマネジメント・コンパスの使い方を学ぶための「部署マネジメント編」と、看護部がマネジメント・コンパスというメソッドを使って看護組織を学習する組織に変えていく方法を知るための「看護部マネジメント編」を用意しています。テキストやe-learningを使ってマネジメント・コンパスの基礎的な知識を学び、そこからはMC組織開発マップに書かれた道筋に沿って活動を進め、院内で学び合っていくことで、「学習する看護組織」へと近づいていける…そんな体制を整えることができたと自負しています。
「学習する看護組織」を目指すというと、少し硬くて重たいものに感じるかもしれませんが、私たちの願いは、看護管理者の皆さんが互いに助け合い、「私にも、こんなに良い管理ができるんだ」「管理って楽しい仕事だな」と一人ひとりが思いながら仕事ができる、そんな組織になってほしい、というところにあります。「MC組織開発マップ」で示した「学習する看護組織」になるまでの道のりも、まず管理者が「管理のことを専門的に学んできていない私が、うまくできるわけがない」「私なんかが管理者をしていていいのかな?相応しくないんじゃないか」などと思って心を閉ざしてしまっている状態から、PDPで問題解決をして一つひとつ状況を良くしていくことで、「私にも部署をちょっと良くすることができるんだ」「一人で抱え込まず、みんなに助けてもらっていいんだ」「私が管理者をしていてもいいんだ」と心を解きほぐしていくところがスタートになっています。皆の心がそんなふうにほぐれた状態になってはじめて、マネジメント・コンパスを使ってチームみんなで管理に取り組み学び合うことが可能な状態になるのです。
* MC組織開発マップについてはこちら▼
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