基調セミナー「『弱さ』を引き受けるからこそ、『強い』組織になれる」講演録 「持続可能な看護組織を考える」プロジェクトの軌跡①
この記事は、2024年3月2日に開催した『MCシンポジウム2024』における、弊社代表の平林による講演の記録をまとめたものです。この講演では、マネジメント・コンパスが開発された経緯やその過程における様々な気づきが紹介され、どのような組織のあり方を目指しているのかが比較的平易に語られています。
2024年3月2日
「持続可能な看護組織を考える研究会」シンポジウム
看護管理者が学び合うⅡ ~マネジメント・コンパスの組織的実践~
基調セミナー
「『弱さ』を引き受けるからこそ、『強い』組織になれる」講演録
講演者:平林 慶史
このシンポジウムは、「MC協働学習会」の参加施設の皆さんのこれまでの取り組みについて報告していただくことを主眼としています。「MC協働学習会」は、全国のマネジメント・コンパスに先進的に取り組んでいる看護部の方々がオンラインで集まり学び合うための学習会です。しかし、マネジメント・コンパスという看護管理のメソッドは、最初からこの形で開発されたわけではなく、ここ20年近くの間に様々な看護管理者の方々とお話しし、その悩みを聞き、共に学ぶなかで徐々に整ってきたものです。
この講演の前半では、どのような経緯で「マネジメント・コンパス」というメソッドや、私たちが目指す看護管理の考え方が形作られてきたのかについて、これまでの歩みを時系列で整理しながらお伝えします。そして後半では、私たちが現在考えている理想的な看護管理のあり方――このセミナーのタイトルでもある「『弱さ』を引き受けるからこそ、『強い』組織になれる」という考え方について詳しくお話ししていきます。
「問題解決過程」の開発・研修
最初の関心:ケアワーカーの受けるストレス
私はもともと教育学部の出身で、学部生時代は学校の先生のストレスに関する研究をしていました。しかし偶然、看護師さんの愚痴を聞く機会を何度も得て、「看護師さんは非常にストレスの多い仕事をしているんだな」ということを知りました。「看護師さんたちは他者をケアするためにこんなに頑張っているのに、いつも色々とやるせない思いを抱えている。なんとかならないものかな?」と思うようになり、だんだん看護師さんを研究の対象にしたいと考えるようになりました。大学院では、看護師さんのストレスなどの陰性感情を、どのように受け止めてプラスに転じていけば良いのか、特に「患者の思いがけない死に直面した看護師がその体験をどう乗り越えるか」といったテーマについて重点的に研究していました。とにかく、「こんなに一生懸命にやっている人たちが、疲れ切ってやめていくのをなんとかしたい」という気持ちを抱いていたのです。そのなかでやがて、看護師さんの離職防止や、やりがいを持って長く働き続けるにはどうしたらいいか、ということに関心をもつようになりました。
看護師向け事業の開始
その後、2005年に会社を立ち上げ、しばらくは看護学生向けの雑誌を作るなど、様々な事業に関わってきました。この雑誌を作るなかで、看護管理者の方々と接する機会が増えていき、看護師のストレス問題にアプローチする端緒として、2012年に「看護職のための職務満足度調査」(現:MCサーベイ)の最初のバージョンを開発しました。
同年には、看護師向けの大手研修会社からの依頼がきっかけで「論理的思考」に関する研修プログラムを作成し、その後も様々なところから引き合いを頂いて研修をするようになりました。その過程で、単に論理的思考について解説するだけではなく、実際に現場で困っている問題について論理的に分析して解決策を見出していく思考過程を伝えることが必要なのだと考えるようになりました。そこで、看護師の皆さんが学生時代に学ぶ看護過程を参考に、PDPの原形にあたる「問題解決過程」を開発しました。この頃から認定看護管理者教育の講師も務めるようになり、最初は徳島県のファーストレベル研修で「論理的思考と問題解決」というコマを持たせていただきました。その後も少しずつ改良を重ねながら、病院・学校等で問題解決のワークを何度も実施しました。
現在私たちが提唱しているマネジメント・コンパスにおいては、対話が大事だとか、どんどん困って周りを巻き込んでいくことが大事だということを強調していますが、この頃はまだ、「自分自身で問題を解決するスキルをつけてもらおう」と思っていました。「難問に対峙したとき、きちんとそれを論理的に分析し、起こっている事象と解決策をきちんと論理的に結びつけて、一個ずつ解いていけば、ちゃんと解けますよ」と一人ひとりに伝えて身につけてもらおうとしていたのです。
しかし、2013~2014年頃、ますます多くの都道府県でファーストレベル研修の講師を務めるなかで、受講者のレポートを読んでいると、「自分が現場で困っていることを、同じような立場の人と共有することができて気持ちが楽になりました」「みんなの力を借りたらちょっと解けた。それですごく楽になった」「今まで、こんなにできない私が管理者なんてやっていいんだろうか?と思っていたけれど、少し自信がつきました」といった感想が頻繁に書かれていることに気が付きました。そこから次第に、「看護管理者教育は、管理者一人ひとりのスキルを磨いていくというアプローチだけで本当に良いのだろうか?」と心に引っかかりが生じるようになってきたのです。
看護師長の役割の重要性に気づく
また、職務満足度調査を様々な施設で使っていただけるようになり、その結果に基づいて師長さんたちにフィードバックを行い、直接お話しする機会をたくさんいただけるようになったのも同じ時期です。職務満足度は、病院全体の満足度を見ると、施設によってすごく大きな違いが出ることはあまりないのですが、各施設の部署別で見ると、はっきりとした差が表れるということがわかってきました。部署の満足度には、もちろん部署の性質や忙しさ、年次配置など様々な要因が絡んでいるのですが、部長さん・副部長さんとお話ししてみても「師長が変わると職務満足や離職率が大きく変化したり、部署の雰囲気がガラッと変わる」ということがよく聞かれます。働きやすい職場を作っていくためには、師長の役割がとても大事なのだということに気づきました。
当時はまだ、ほとんどの施設で院内での管理者向けの教育・学習活動は行われておらず、次の管理者になる人や、管理者になって少し経った人をファーストレベル研修やセカンドレベル研修に出して終わりという状態でした。しかし、師長や副師長・主任はその施設の中核人材として非常に重要な役割を担う存在です。外部研修に出すだけではなく、院内で師長・主任をしっかりと育てていく体制の整備が必要なのではないかと考えるようになりました。
文科省事業「看護管理職の院内継続教育プログラム開発」への参画
そこで2015年度から、職務満足度調査をきっかけに様々なお付き合いのあった日本赤十字社医療センターを代表機関として文部科学省の委託事業の公募にチャレンジし、採択され、3年間にわたる委託事業「看護管理職の院内継続教育プログラム開発」を開始しました。事業名の中の「院内継続教育」という言葉には、「管理職になるタイミングでファーストレベル、セカンドレベルという実践の場と切り離されたピンポイントの教育だけを受ける」という状態から、「現場で実際のシチュエーションと結びつけながら継続的に学び続ける」形へと管理者教育を変えていく、というニュアンスを込めていました。
この文科省事業では、まず院内で看護管理者が学び続けていくために最も重要な核となるものは何か?ということから考えていきました。新人教育のようにたくさん時間を使って多くの研修をすることは現実的ではありません。そこで、日々の管理活動を行ったり、それを振り返ったりする時に指針となる項目を作ることになりました。ラダーやコンピテンシーのような幅広い範囲の多岐にわたる項目ではなく、常に頭に置いておける程度の非常に少ない項目に絞り込み開発されたのが「看護管理者の継続学習指針」です。
「看護管理者の継続教育指針 *」(第1版)
図1.看護管理者の継続教育指針

この指針について簡単にご説明します。まず、看護管理者の中核的な職能として「問題解決能力」を挙げました。現場の看護職の職能の中核は「患者さんの問題解決をできる」というものですが、それと同様に管理者は、組織や部下・後輩の問題解決ができることが求められます。
問題解決能力は、「論理的思考」「対話的であること」「リフレクティブであること」の三つの技術・態度によって支えられています。この頃は、それぞれの項目について「論理的思考によって問題を的確に設定し、的確に説明する」「対話によって問題を早期に発見する」「上意下達的なコミュニケーションではなく、スタッフと共に話し合いながら良い環境を作っていくリフレクティブ(反省的)な姿勢が求められる」といった解説をしていました。
そして、看護管理者が問題解決能力を高めることを通じて、どのような看護組織を目指していくのかが継続学習指針の上半分に書かれています。「前向きな気持ちで仕事に取り組める職場環境を整備する」「困難な状況にもへこたれないようにレジリエンスを高める」の二つです。看護師が療養上の諸問題を解決すれば患者が自力で回復・治癒するように、看護管理者が仕事上の様々な問題を解決し、前向きな仕事で仕事に取り組めるようになれば、看護スタッフは自然と、自分の思う「良い看護」をするようになるはずです。管理者には経営面などの様々な課題やノルマが降ってきがちですが、管理の仕事の究極的な目的は、現場で「良い看護」が行われる状況を作ることだ――こうした考え方を、私たちは“Nursing Centered Management(NCM)”と呼ぶことにしました。継続学習指針の上二つの項目は、このNCMの考え方に立脚するものです。
*「継続学習指針」は、開発当初の第1版では「継続教育指針」という名前でした。この講演録の本文中では以後「継続学習指針」という呼称で統一します。
問題解決フレームワーク」の開発とファシリテーターの養成
この継続学習指針に従って、これまで使用してきた「問題解決過程」をブラッシュアップして、「問題解決フレームワーク」を開発しました。看護職の皆さんは、看護過程を学生時代から学んできており、そのフレームワークを共通言語としてカンファレンスなどを行っていることでしょう。それと同様に、管理的な問題について管理者同士で話し合う共通の思考基盤としてこの問題解決フレームワークを位置づけました。
しかし、問題解決フレームワークのワークシートを複数人で囲んでグループワークをするだけではなかなかうまく対話が進んでいかないこともあります。そこで、そのグループで論理的に話を整理したり、対話がきちんと成立するようにするためのファシリテーターが必要なのではないかと考え、ファシリテーター養成研修の骨格を作りました。
2015年の最後に、この指針に基づいた考え方を冊子にまとめ、2016年の春に全国の施設に配布し、ありがたいことに多くの反響を頂きました。

『看護管理職の継続教育プログラム開発』成果普及冊子
PDPの完成とCNML養成の取り組み
文科省事業2年目の2016年には、問題解決フレームワークが「困りごと整理シート」と「行動計画立案シート」という2枚に分けて進めていくという現在の形に改良され、呼称もPDP(Problem-Discovery Process)に改められました。人は最初から解決可能な「問題」に出会うわけではなく、複雑に絡み合って手に負えない「困りごと」に出会う。その「困りごと」を一つひとつ解きほぐして解決可能な「問題」を見つけ出すことが最も重要だ――という知見がフレームワークやその名称に反映されるようになったのです。
また、院内の学び合いを促進する「臨床看護マネジメントリーダー(Clinical Nursing Management Leader:CNML)」の養成に着手し始めました。文科省事業1年目には単に「ファシリテーター」と呼んでいましたが、CNMLはただPDPのファシリテートをするだけではなく、院内で看護管理者が学び続けるという営みそのものを推進するようなリーダーであると位置づけました。「臨床(Clinical)」という単語を冠しているところにも、「臨床現場で看護マネジメントをリードする役割である」という思いが込められています。文科省事業の事業名も、2016年度からは「『臨床看護マネジメントリーダー』の養成を通じた、看護管理職の院内継続教育の推進」に変更しました。
この頃から、「PDPは自分で自分の問題を解決するものではなく、むしろ自分が困っている時に、グループワークのメンバーに自分の問題の解決を支援してもらうためのツールなのだ」ということがはっきりと見えてきました。PDPは一人で学んだ場合、人を支援する能力が高まるかもしれないが、自分自身が抱える困りごとは必ずしも解決するようになるわけではありません。施設の中で、ある程度の人数がPDPという共通のフレームワークで学ぶことにより、困った時に助け合い、学び合うことができるのです。
文科省事業の最終年度の2017年度になって、このPDP研修を全国的に行い、本格的な普及を開始しました。当時日赤医療センターでこの事業を主導されていた副部長の井本寛子さん(2024年現在、公益社団法人日本看護協会常務理事)との共著として『ワークシートで「真のプロブレム」を見つける 師長・主任のためのPDP活用入門』(メディカ出版、2017)という書籍も発行しました。また、第21回日本看護管理学会学術集会のシンポジウムで、レジリエンスをテーマに、PDP等を活用した管理者の取り組みについて発表させていただいたりもしました。2017年からの2年ほどの間に、新しい看護管理の問題解決メソッドとしてPDPが様々なところに広がったように感じています。
2017年度で3年間の文科省委託事業が終了することから、その後に自律的に活動していくための移行準備を始め、2018年度には任意団体として、有志の看護管理者の方々と共に「持続可能な看護組織を考える研究会」を立ち上げました。マネジメント・コンパスの原形を開発したのもこの年です。

「看護管理者の継続学習指針」 第2版
図2.看護管理者の継続学習指針(第2版)

「看護管理職の院内継続教育の開発」(日本赤十字社医療センター)
文科省委託事業の最終年度には、継続学習指針の第2版を発表しました(図2)。「継続教育指針」から「継続学習指針」と名称を変えた背景には、医療機関や職能団体による「教育」のみならず、一人ひとりの看護管理者が「自ら学習する」ことも期待したい、という思いが込められています。
第1版では、一番上の「組織が目指す姿を描き到達まで道を示す」という項目がありませんでした。しかし事業を進めて様々なところでPDPに取り組んでいくなかで、やはり管理者の仕事は問題解決だけではないのではないか、という議論が生じました。問題を解決することで足元の環境を整えることは大事なのですが、師長の仕事にはもう一つ、部署という組織全体を前に引っ張り新たなステージに連れて行くというリーダーシップも求められるのではないかという話になったのです。管理者が自律的に学び続けることを期待するとなると、やはり最終的には部署のリーダーとしての役割を発揮してもらうことを目指す必要があるのではないかと考え、「組織が目指す姿を描き到達までの道筋を示す」という項目を付け足しました。
しかし他の矢印と比べ、この項目に至る矢印はあえて薄い矢印にしています。看護職の中核的な職能はあくまで問題解決のほうに軸があるため、能力開発をするにあたっても、まずは「問題解決できる」という基礎となる部分をしっかり踏み固めることが大事です。そして、部署の様々な問題が解決され、働きやすい職場環境が実現されたら、そのもとで改めて「私たちはどんな部署になりたいんだろう?」「どんな看護を提供したいのか?どんな道筋をたどってその実現に向かって進んでいくのか?」と考え、部下たちに示していく、という順番になるでしょう。そのため、あえて「前向きな気持で仕事に取り組める職場環境を目指す」と「困難な状況にもへこたれないようにレジリエンスを高める」という2項目とは少し段差をつけてその上に乗せるように配置し、矢印を薄くするという表現をしています。
また、先ほども述べたように、「PDPは自分で自分の問題を解決するものではなく、問題解決を周囲に支援してもらうためのツールだ」という位置づけがはっきりしてきたため、それに伴って問題解決を支える「論理的思考」「対話的であること」「リフレクティブであること」という三つの技術・態度についても、第2版以降は解説の仕方を変えるようになりました。概ね以下のような説明をしています。
問題を解決するためには、まず「論理的思考」によって物事の因果関係や順序を整理し、事実と推測を分けながら、的確に状況を説明することが必要です。しかし、困っている当事者はしばしば視野狭窄に陥ってしまいがちであり、直接の当事者ではない人の方が、冷静な立場で話を聞き、問題を整理していくことができます。困っている本人と周囲の人が対話し、本人の困りごとを聞き取って整理していくことがPDPの本質であるため、管理者には率直な対話を積極的に行う姿勢が求められます。そして「リフレクティブであること」とは、「自分のあり方・考え方・行動などを率先して変えることで、他人や組織の変化につなげようとする態度」のことを指します。問題を正確に分析したとしても、「あの人は何を言っても聞かないから」「これは病院の制度上の問題だから私にはどうしようもない」と誰かのせいにしてばかりいると、現状は何も変わりません。そうした現状を受け入れたうえで、それでも自分たちに少しでも変えられるものはないか、と困りごとをより細かく分析して考える姿勢を持つことが重要です。
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