楽しかったり虚しかったりの1日
昨日は、長男夫婦と孫が帰省して
なんとも慌ただしく
稲刈りが延期になったことも含め
とっても疲れました
でも、その中に
スゴク残念なこともありました
以前書いた弟の仕事探しの面接のことなんですが
主治医から健常者と変わらない
と言われた事で仕事探しをすることになった弟なのですが
私たち家族からは明らかに脳の障害がみてとれて
足も引きずり気味にしているので
とても心配なのですが
障害手帳も持ちませんので、どうしていいのか悩み、就労支援サポートさんを頼り、障害手帳が無くても支援して頂けると言うことになり、出来そうな仕事をさがして面接することになった弟だったのですが
その面接が昨日だったんです
孫の帰省のことも手一杯でしたが
ひとときも弟の事が頭の片隅から離れず、心配していました
なぜなら、支援員の方から
障害手帳が無いので、障害者枠での紹介状が書けないとあらかじめ言われていたからです
ここで、ひとつ話しておくことがあります
実は、この面接までの過程の間に
一度、主治医の診察が入っていたのですが
支援員さんが、診察に同行されて
主治医に弟の状態を指摘しながら
弟の高次脳機能障害の事を何故診ないのか
と言ってくれたそうです
すると、主治医の口から出た言葉に
支援員さんが呆れかえったんだそうです
『僕(主治医)には脳の障害は診断出来ません。身体的なリハビリと老人の痴呆、それと内科なら診断します』
はらわたが煮えくり返るとは
こんな気持ちだなと
悔しくて涙出ました
なんて不誠実で、適当な医者なんだと
同行した支援員さんもビックリしておられたそうです(母がそう言ってましたから)
なので、支援員さんから主治医に意見してもらい
脳機能をちゃんと診てくれる病院へ変わるので
紹介状をその不誠実な主治医から書いて貰うことを取り付けて頂けることになったんです
『転院されるなら、いつでも紹介状書きますよ』
バカにしてんのかと思いました
ここのリハビリに通った時間を返せ!バカ野郎!
とも思いました
高齢の母が、自分にはそんな病院探せないと
主治医に涙目で訴えるのに
その主治医が知らんぷりするので
支援員さんが、母に
『お母さん、大丈夫ですよ。私達が探してあげますから、心配なさらないで大丈夫』
と肩を叩いてくれたそうです
これまで、転院を勧めたり
高次脳機能障害のことを、何度も説明したり
弟の症状を、母に考えを改めるように
話し続けてきましたが
支援員さんという第三者が入ってくれたことにより、母も現実逃避と、どうしていいか分からずにいたので、頑なに総合病院から紹介状を書いてもらった、リハビリ病院にすがっていましたが
ここへ来て
ようやく転院することを受け入れたようでした
そして、話しは昨日の面接へ続きます
履歴書には脳出血をして、リハビリもして
車の運転も再開していることも含め
現在まだリハビリ中のことも正直に書いて、それでも障害者ではないと医者に言われていることも書いて、ハローワークの紹介状を付けて面接に臨んで行ったのですが
面接する人からの第一声が
『歩き方がおかしい』だったそうです
そのあと
『ちょっとそのあたり、走ってみて』と言われたそうです
もう……もう、悔しくて
弟本人の電話でしたが
頭に血がのぼりました
面接の前に、不誠実な主治医の事を
腹立たしく思っていましたが、その時点で面接が決まっていたので、行く事にしていた弟は
就労サポートさんも心配しておられましたが
もしかしたら雇ってもらえるかもと、考えていたのでしょう
面接日を心待ちにしていたのがわかったので
私もやめとけとは言えなかったんです
夕方、弟本人から電話がきて
『姉ちゃん、俺、面接ダメだった』と
連絡が来て
面接の時に言われた事を聞かされました
『俺さ、なんか、今日は疲れたばい。もう、疲れた…』
と悔しさの滲む声で言うので
仕事復帰の事をすすめてしまった自分に腹もたちました。
でも、応援するしかなかったのも事実なんです
こう、なるであろう事は、目に見えていたんです
それでも、就労サポートさんの支援とハローワークの紹介状があったので、もしかして……の期待を
弟含め、私達が持っていたのも事実なんです
面接の前に主治医から言われたことを
弟と確認して
病院変わろうな。変わって、ちゃんと脳障害も診てもらおうな。と慰めて
電話を切って、悔し泣きしました
横で運転していた旦那も
後ろで孫と一緒の長男夫婦も
黙って一部始終を聞いていました
夕飯は長男夫婦と、次男、三男夫婦も集まり
居酒屋で晩ご飯にしました
疲れてぐずる孫をあやしながら
楽しく晩ご飯ができました
とても疲れた1日でした
読んで頂き、ありがとうございました
