【小説の語源と歴史】もともとは「大説」? 日本初の小説と江戸を沸かせた滑稽本【大人の教養】
私たちが何気なく楽しんでいる「小説」という文化ですが、そもそもこの「小」さな「説」という言葉は、どこからやってきたのでしょうか。
こんにちは、小説家Fです。
文学や歴史、そして日本の文化にひそむ面白さを、なるべくやさしい言葉でひもといています。
1. 「小説」の語源。もともとは「大説」の対義語だった
「小説」という言葉そのものは、古代中国で生まれました。
中国の思想家である荘子(そうし)の書物の中に、この言葉が登場します。当時の中国では、儒教などの立派でスケールの大きな教えや、国家を治めるための立派な学問のことを「大説(たいせつ)」あるいは「大達(だいたつ)」と呼んでいました。 それに対して、道端の噂話や、庶民の間で語られる取るに足らない雑談のことを「小」さな「説」と書いて「小説」と呼んだのです。
荘子は自著の中で「そんな取るに足らない世間話(小説)を飾り立てて偉い人に気に入られようとしても、本当の立派な道理(大説)には遠く及ばない」と、少し批判的な意味合いでこの言葉を使っています。
つまり、小説とはもともと「くだらない世間話」というような、少し身を低くした言葉だったのです。
2. 日本における「最初の小説」とは?
では、日本で最初に「小説」という言葉が使われたのはいつでしょうか。
実は、平安時代に書かれた紫式部の『源氏物語』は、人間の心理を深く描いたことで世界最古の長編小説と評価されていますが、当時の人々はこれを小説ではなく「物語」と呼んでいました。
源氏物語は当時は物語という位置づけでしたが、十一世紀という古い時代に、これほどまでに人間の心理を深く描き出した長編のフィクションが完成していたことは、世界の文学史において一つの奇跡とも言われています。 光源氏という主人公の華やかな恋愛模様だけでなく、登場人物たちが抱える嫉妬や苦悩、そして老いや無常観といった「心の機微」が、五十四帖という長い物語の中で見事に描かれています。文字を通して人間の内面に深く潜り込んだという点で、『源氏物語』は現代の小説のルーツの一つとは言えると個人的には思います。
日本で「小説」という言葉が使われ始めたのは江戸時代です。中国から輸入された白話小説(話し言葉で書かれた物語)などを指す言葉として広まりました。
イタリアで生まれた「ノヴェッラ(新しいこと)」
時代は進み、十四世紀のヨーロッパ。イタリアの作家ボッカッチョが『デカメロン』という作品を書きました。
ペスト(伝染病)から逃れるために郊外の邸宅に集まった男女が、退屈しのぎに順番で面白い話をしていくという設定の物語です。ここに収められたお話は、神様や騎士の冒険ではなく、町の人々の恋愛やちょっとした失敗談など、世俗的で人間くさい話題ばかりでした。
当時の人々は、こうした「現実の人間社会を描いた新しい短いお話」のことを、イタリア語で「ノヴェッラ(Novella=新しいこと、珍しい知らせ)」と呼びました。英語で小説を意味する「Novel(ノベル)」という言葉は、実はこのイタリア語が語源となっています。
近代小説の幕開け『ドン・キホーテ』
そして十七世紀の初め、スペインの作家セルバンテスによって、現代の小説の直接の祖先とも言える作品が誕生します。それが『ドン・キホーテ』です。
騎士道物語を読みすぎて自分を本物の騎士だと思い込んでしまった初老の男が、やせこけた馬に乗って旅に出るというコメディです。
風車を巨人だと思い込んで突撃していく有名なシーンがありますが、この作品の革新的なところは「現実と非現実のズレ」を描いた点にあります。主人公の頭の中はファンタジーですが、彼を取り巻く世界は、宿屋があり、商人がいて、ほこりまみれの道が続く「ただの現実」です。
理想と現実のギャップに苦しみ、失敗しながらも生きていく一人の人間を描き出したことで、『ドン・キホーテ』は世界初の近代小説と呼ばれています。
印刷術の普及と大衆の楽しみ
小説という文化が世界中に広まるためには、文学的な進化だけでなく「テクノロジーの進化」も不可欠でした。
十五世紀にグーテンベルクが活版印刷術を発明するまで、本というものは手書きで書き写される、一部の特権階級だけの高価な宝物でした。
しかし印刷技術が広まったことで、安く大量に本が作れるようになり、一般の人々も文字を読む習慣を身につけていきます。
十八世紀から十九世紀にかけて、ヨーロッパでは新聞や雑誌に連載される形で小説が爆発的な人気を集めました。人々は、自分たちと同じような一般市民が主人公として活躍し、恋をして、社会の波に揉まれる姿に共感し、夢中になってページをめくったのです。
そして時が経ち、日本では明治時代に入ると、坪内逍遥(つぼうち しょうよう)という文学者が、ヨーロッパから入ってきた「Novel(ノベル)」という概念を日本語に翻訳する際、この「小説」という言葉をあてはめました。
坪内逍遥が書いた『小説神髄(しょうせつしんずい)』という文学評論によって、私たちが現在知っている近代文学としての「小説」が日本で正式にスタートしたのです。
3. これは余談ですが…「小説家」という言葉の謙遜
これは余談ですが、今でも作家たちが自分の職業を「小説家です」と名乗るとき、その言葉の根底には「大したものではありません。ただの世間話、ちょっとした作り話を書く者です」という、昔ながらの謙遜が少しだけ混ざっているような気がします。
大上段に構えて「大説」を語るのではなく、人々の小さな喜怒哀楽に寄り添うのが、小説家の本来の立ち位置なのかもしれませんね。
4. 滑稽本と江戸のエンタメ革命
さて、明治時代に西洋の「Novel」が入ってくる前、日本の庶民たちは何を読んで楽しんでいたのでしょうか。その代表格が、江戸時代後期に大流行した「滑稽本(こっけいぼん)」です。
滑稽本とは、その名の通り「笑い」をテーマにしたエンターテインメント作品のこと。十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)の『東海道中膝栗毛』や、式亭三馬(しきてい さんば)の『浮世風呂』などが有名です。
当時の日本は、識字率(文字を読める人の割合)が世界的に見ても高く、貸本屋というシステムも充実していました。
難しい教訓や貴族の優雅な恋愛ではなく、お調子者の失敗談や、銭湯でのドタバタ劇といった「等身大の人々の生活」を面白おかしく描いた滑稽本は、町人たちの間で爆発的な人気を集めました。
5. 笑いから近代文学へのバトン
この「滑稽本」の流行は、日本の文学史において大きな意味を持っています。
それまで、本を読むのは一部の武士や知識人だけのものでした。しかし、滑稽本のおかげで「ただ楽しむために本を読む」という文化が、一般の庶民にまで広く浸透したのです。
江戸の人々が滑稽本で培った「文章を読んで、想像して、笑う」という豊かな土壌があったからこそ、明治時代に西洋の近代小説が入ってきたとき、日本の人々はそれをスムーズに受け入れ、日本独自の文学へと急速に発展させることができたと言えます。
結び:小さな物語が持つ大きな力
「大説」には及ばない、小さな世間話として生まれた「小説」。
しかし、その小さな枠組みの中で、ある時は『源氏物語』のように人の心の奥底を覗き込み、ある時は「滑稽本」のように庶民の生活を明るく笑い飛ばしてきました。
私たちが今日、ページをめくって物語の世界に浸れるのは、大昔の思想家から江戸の町人まで、数え切れない人々の「言葉を楽しむ心」がバトンとして繋がれてきたからなのです。 秋の夜長、お手元の「小さな物語」を開くとき、その言葉がたどってきた長い歴史の道のりに、少しだけ思いを馳せてみてください。
本日のまとめ
「小説」の語源: 古代中国の思想家・荘子の言葉が由来。立派な教えである「大説」の対義語として、「取るに足らない世間話」という意味で使われた。
日本での始まり: 江戸時代に中国の白話小説を指す言葉として広まり、明治時代に坪内逍遥が西洋の「Novel」の訳語として定着させた。
滑稽本の流行: 江戸時代後期、庶民のドタバタ劇や会話を面白おかしく描いたエンタメ作品「滑稽本」が大流行した。
文学への貢献: 滑稽本によって日本に「楽しむために本を読む」という文化が根付き、のちの近代小説がスムーズに受け入れられる大きな土壌となった。
今回の一節
「小説の主脳は人情なり、世態風俗之に次ぐ。」
明治時代、日本に初めて近代的な「小説とは何か」を定義づけた坪内逍遥の有名な一文です。 「小説の中心となる一番大切なテーマは、人間のありのままの感情(人情)を描くことであり、社会の様子や風俗を描くことはその次である」と宣言しています。勧善懲悪の道徳や教訓を押し付けるのではなく、人間のもつ美しさや醜さ、悲しみや喜びをそのままの形で描き出すこと。日本文学が新しい時代へ向けて力強く舵を切った、記念碑的な言葉です。
この記事のファクトチェックと情報ソース
1. 「小説」の語源と荘子について
記事の内容: 「小説」の語源は古代中国の思想家・荘子の言葉。「大説」や「大達」の対義語として使われた。
ソース・根拠: 中国の古典『荘子(そうし)』の「外物(がいぶつ)篇」に「飾小説以干県令、其於大達亦遠矣(小説を飾りて以て県令を求む、其の大達におけるや亦た遠し)」という一文が存在します。ここでの「大達(立派な真理)」に対する「小説(つまらない世間話)」という対比が、言葉のルーツとされています。(出典:『荘子』外物篇、各種漢和辞典の「小説」の項目)
2. 『源氏物語』と「白話小説」について
記事の内容: 11世紀の『源氏物語』は人間の心理を描き世界最古の長編小説と評価されている。日本で「小説」という言葉が使われ始めたのは江戸時代で、中国の白話小説などを指していた。
ソース・根拠:
『源氏物語』:海外の文学研究者やユネスコなども「世界最古の長編小説(The world's first novel)」として紹介しています。
日本の「小説」の始まり:江戸時代に中国から話し言葉で書かれた物語「白話(はくわ)小説」が輸入され、その際に「小説」という言葉が日本の知識人の間で定着しました。(出典:日本文学史の基本文献、広辞苑などの国語辞典)
3. 「ノヴェッラ」と『デカメロン』について
記事の内容: 14世紀、イタリアのボッカッチョが『デカメロン』を執筆。「ノヴェッラ(新しいこと)」が英語の「Novel」の語源。
ソース・根拠: ボッカッチョの『デカメロン』は1353年頃の完成。イタリア語の「novella(新しい知らせ、短いお話)」が、英語の「novel」の語源になったことは間違いありません。(出典:オックスフォード英語辞典(OED)、西洋文学史)
4. 『ドン・キホーテ』について
記事の内容: 17世紀初め、セルバンテスの『ドン・キホーテ』が近代小説の幕開け。理想と現実のギャップを描いた。
ソース・根拠: 1605年(前編)と1615年(後編)に出版。現実と虚構のズレを客観的に描いたことで「最初の近代小説」として世界中の文学者から評価されています。(出典:世界文学史、ノーベル研究所「世界最高の文学百冊」)
5. 印刷術の普及と坪内逍遥について
記事の内容: 15世紀のグーテンベルクの活版印刷術の普及。明治時代に坪内逍遥が『小説神髄』で「Novel」の訳語として「小説」をあてはめた。
ソース・根拠: 活版印刷は1440年代(15世紀)に実用化。坪内逍遥は1885年(明治18年)に『小説神髄』を出版しました。記事内で「初めて言葉を作った」とは書かず、「Novelという概念を翻訳する際にあてはめた」「近代文学としての小説が正式にスタートした」と書かれている点が、非常に正確で優れた表現です。(出典:西洋史、日本近代文学史)
6. 滑稽本と江戸時代の文化について
記事の内容: 江戸時代後期に滑稽本が大流行。十返舎一九『東海道中膝栗毛』、式亭三馬『浮世風呂』。当時の日本は識字率が高く、貸本屋が充実していた。
ソース・根拠: 『東海道中膝栗毛』は1802年、『浮世風呂』は1809年から刊行され、江戸時代後期の「化政(かせい)文化」を代表する作品です。また、当時の江戸の識字率の高さや、貸本屋というシステムの普及は、多くの歴史学者によって裏付けられています。(出典:日本史(近世)、日本の教育史研究)
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みくださり本当に感謝します。
皆様の温かな応援が私の執筆の励みです。