人間になった日
親切を受け取り親切を返した日
夜勤明けの帰り道、自転車を段差に乗り上げて荷物を落としたところを通りすがった女の人が拾ってくれた。
「すみません!ありがとうございます!」
丁度いい位のお礼が自然と口から出た。
女の人は一礼して横断歩道を渡っていった。
3月から介護の仕事をしている。
介護の仕事をしていると自然と声が大きく通るようになるし表情筋も動くようになる。利用者さんに取りこぼしなく必要なことを伝え、また向こうからの言葉を受け取るために必要なスキルだ。
元々対話が苦手だという自認だったが、仕事だと思って真剣に取り組んだ結果それができるようになった。仕事以外でのコミュニケーションも改善されているのをここ数か月感じていた。
そのまま自転車をこいでいると、カギが落ちていた。
自動車のカギらしかった。
交番に届けようと思ったらパトロール中と立てかけてあり、ノックをしても反応がない。
どうしようかと思っていたら自転車に乗ったおばあさんが僕の前で停めた。
「どうしたの?」話しかけられる。これこれこうでと説明する。
「忘れ物ねえ、交番って固定電話があるのよ、そこから電話してみたら?それで5分10分で戻ってきてくれるんじゃない?」「そうですか、じゃあ…」「でも手間よねえ」「ええ、まあ。このまま行くと警察署があるんでそっちも考えたんですけど、でも管轄が変わっちゃうかなって」「そうよねえ、まあ電話してみたら?」
一礼するとおばあさんはまた自転車を漕いでいった。
ノックして交番に入ると「ちょっとだけ待ってくださいね!」とお巡りさんが言うのが聴こえた。あわただしい様子で、ちょうど今裏手から戻ってきたばかりのようだ。
「落とし物を届けにきたんですけど」
「あらっそうですか!ありがとうございます!遺失物に関して謝礼を受け取る権利があるんですがどうしますか?」
「えっいやいらないです」「親切な人が~って説明で良いですかね」「はい、ご本人の元に戻れば大丈夫です」「りょうかいです!じゃあこちらの書類を…」
「いや親切にどうも!持ち主さんいまごろ焦ってますよ、届けてもらえてよかった!」
まだ20代だろうか。良いお巡りさんだなと思った。
自分が20代のころはよく職質されて落ち込んでいたなと思い出した。
みんな普通だ。
僕が普通の人だとみなして話してくれる。
この4か月働いて自然と痩せたし日焼けもした。スクワットや運動も続けていて、給料が入ったから身なりも気を遣うようになった。だからだろうか。いや、今日は炎天下で汗だくだったし夜勤明けで髭も剃れていなくて、清潔感が~とか服装が~とかの要素は薄い。恐らく心理的な要因の方が大きい。僕がずっと纏っていた負のオーラ、人を遠ざけるなにかが、ここ5か月…人生を変えたいと決意してあれこれ試し続けてから、確実に薄まっているように思う。多分そっちのが本命だ。
誰かに親切にされて、自分が親切のつもりで取った行動が素直に善意として受け取ってもらえる。
嬉しくてたまらなくて、帰り道誰もいない道まで来たところで自転車から下りて、そのまま崩れ落ちるみたいにしゃがんで泣き続けた。
生まれ直したように感じていた。
生存許可証がほしくて漫画を描いていた
ずっと人と関わるのが苦手だった。今も多分苦手だ。
うまくいかない、悪気なく人を怒らせる、迷惑をかける。
中高の部活動も新卒での就職もバイトも上手く行かなかった。
漫画を描けば周囲の人も笑ってくれたし人に馴染めた。
自分の描いた漫画を友達が読んで、授業中にクラスで回し読みされて、そんなに知らないクラスメイトも笑って感想を伝えてくれたのが嬉しかった。
だから漫画を沢山描こうと思った、それしか人と関わる手段はなかった。
養老孟司・伊集院光の共著「世間とズレちゃうのはしょうがない」にこんな一節がある。
「(前略)日本語で言う「人間」は、中国語ではいまも「世間」という意味です。「人と人の間」だから。(中略)日本で「人間」というのはなぜか。世間にいる人だけが人だということですよ」
この内容を読んだときショックを受けると同時に心底納得した。
この定義で言うと僕はいま人間ではない。
人間ではないということは獣のように、合理的な理由があれば殺してもいいということになる。
なにも無目的で突然殺していいわけではない、だけど理由があれば殺すことは許容される程度の存在。保健所に詰められて飼い主が現れなかった犬、駆除しなければいけない害獣。自分はそういうものだと。
だから漫画を描くことで人と人の間に入りたかった、ずっと普通になりたかった。
そのために漫画を描いていた。
幸いにして漫画は上手く行き始めて、オリジナルを発表する機会をもらって、読者さんに良い反応をもらった時は嬉しかった。
やっと自分は生きていていいってお墨付きをもらったんだと思った。生存許可証を神様世間様から与えられた。
連載会議を通ったときは人生の全部が報われたように感じていた、間違っていなかった、これでよかったんだ、僕はいまここで頑張ればいいんだ!
だけど頑張れなかった。
漫画は打ち切りになった。
打ち切りの報が来たのは僕の30歳の誕生日の前日だった。
「きっとうまくいく!」という幻想、自分が青春ドラマの主人公かのような妄想はPOSデータの前に粉々に破壊された。駄目押しのようにコロナにかかったり、とにかくこの時期は悲惨だった。
それでも「絶対に死なない」という決意を込めて最終回を描き上げたのは偉かったと思う。内容もそういう話になっている。つくづく僕は自分のことしか描けないな、そりゃ扱いづらいわ。
夢のために、生き恥と他人の人生を背負って走る覚悟はあるか (1/3) pic.twitter.com/FPHXzNDqD2
— 冨田望□Ao両日 (@nozubeya) March 20, 2023
嘆いていても仕方ない、時間は待ってくれない。もう自分は30代だ。
悪いのは全部自分だ、原因は自分なんだ、
何とかするしかない、変わりたいと思って打ち切りの後ももがいていた。
筆が遅いのが悪い、面白くないのが悪い、絵が下手なのが悪い、題材が悪い、
漫画さえ上手く描けるようになれば、漫画さえできるようになれば…
そんな中で2月、マンガワンの事件が起きた。
証明なんかしなくても生きていていい
自分は漫画を描いていていいのかと疑問に思うようになった。
漫画を描いてさえいれば非常識でも社会不適合でも生きていけると思っていたのはきっと間違いで、そういう傲りをこじらせた果てにこういう事件が起きたんだと思った。
被害者に同情すると同時に、加害者は未来の自分なんじゃないかと思って恐怖した。
僕は漫画を描いていいんだろうか?
僕はずっと間違っていたんじゃないのか?
被害者は精神疾患を発症し精神障害者になったという記載を見た。
だから僕は精神障害者むけの介護施設の求人に応募した。
少しでもなにか自分にできることをしたかった。
こういう正義感で暴走して一時の熱で余計なことをして失敗したことは沢山ある、
悪い癖だと自覚していた。
それでもそうしたかった。
結果的にその判断は本当に正しいものだったと言える。
いま僕は、漫画を描かなくても、ちゃんと人間なんだとわかった。
打ち切りになった漫画の縁でつながったパラスポーツの会にも所属していて、今も継続的に関わらせていただいている。
みんな親切で、漫画の話より僕が健康かどうか、元気にしているのかを気にかけてくれる。
介護初任者研修の資格を取ると伝えたら皆喜んでくれて応援してくれた。
「今までいい加減な生き方をしてきたので、やっと世間様に顔向けできるかなと」と自嘲した僕に、「漫画の仕事だって立派な仕事で、需要の波があるってだけだろう。お前が頑張ってきたことだよ」と言ってくれたときに、漫画を描き続けようと思った。
人と関わることができて、人も僕に関わろうとしてくれる、
世界の一部として生きられている。
これからも漫画は描き続ける。だけどその動機はもう自分の価値を証明するためではない。
そんなことしなくても僕は生きていていいし、世間の一部として機能している。
世界からつまはじきにされないようにビクビクしながら、どうか受け入れてほしい、仲間に入れてほしいと怯えながら漫画を描くことをやめる。
そうじゃなくてただ面白い漫画を描くために描く。
読んだ人に楽しんでもらうために描く。
それで駄目だったら介護で働き口を得ればいい。「打ち切りになったら野垂れ死に」なんて嘘だ。どうあっても心臓が止まるまで人間は生きているんだ。
それが惨めかとか、失敗だとか、世間から外れているかとか、そういうのは本人であれ他人であれ観測者の主観に過ぎなくて、生きている限り人間は人間で、すべての権利を有している。
これは綺麗ごとではない。介護業に従事する人間が必ず認識しておくべき人権の大前提で、研修で何度も教わる。その前提の中には当然自分も含まれる。
生きていてよかった。
これから僕は人間一年生だ。
生きよう!!
